カクヨム出張版:ある日のバーでの出来事(マーキスとハムスター)
午前零時を少しばかり回った頃合い。六本木の繁華街、その外れに位置する雑居ビルの地下、二十数坪ばかりのスペースに設けられた手狭いバーでのこと。客の入店を知らせる鈴の音が、カランコロンと店内に響いた。
姿を現したのは私服姿の西野である。
その手には小動物用のケージが下げられている。上には布が掛けられており、一見しては何が収まっているのか判断がつかない。
「悪いがコイツを頼む」
同所を訪れて直後、店内に客の姿が見受けられないことを確認した彼は、カウンターにそれを静々と乗せた。ぶっきらぼうな物腰を好むフツメンにしては、やたらと丁寧に映る手付きである。
「あぁ、分かった」
カウンター越し、バーテンは差し出されたケージを受け取り頷いてみせた。
内に収まっているのは、彼が自宅で飼育しているハムスターだ。仕事などで家を長 期間にわたって留守にする場合、彼はその面倒をマーキスに任せていた。
過去に幾度となく繰り返されてきたやり取りとあって、応じる側も慣れたものである。仕事の状況によっては月に二度、三度と預かることもあった。その期間も二、三日の場合があれば、一週間以上に及ぶこともある。
「最近は涼しくなってきたから、室温に注意してやってくれ」
「ウチの方がアンタのところよりは、管理が行き届いていると思うが」
「それはなによりだ」
ケージからは時折、カサカサという物音が聞こえてくる。
マーキスは上に掛けられた布をペラリとめくり、内側に対象を確認する。すると彼の眺める先、ハムスターは敷き詰められた新聞紙を相手に、モソモソと穴を掘っていた。元気良く左右に振られる尻が窺える。
「こうして回数を重ねると、段々と愛着も湧いてくるものだ」
「アンタも飼ってみるといい」
「そうだな……」
何気ないフツメンの提案に、マーキスはなんとも言えない表情となる。
「どうした?」
「いいや、アンタらの世話だけでも大変なのに、ペットもとなると手を焼きそうだ」
「……言っていろ」
バーテンの軽口に短く答えて、西野は同店を後にした。
カランコロンと乾いた鐘の音が店内に響く。
西野を見送ったマーキスは、彼の姿が見えなくなったことを確認して、カウンターの下から小さな瓶を取り出した。薄く茶色に色づいたガラス越し、大振りで形の良いひまわりの種がギッシリと詰まっている。
飼育に必要な飼料については事前に西野から受け取っている彼だが、こちらの瓶はその範疇には含まれない。マーキスが勝手に用意したものだった。
瓶から二、三粒ばかり種を取り出した彼は、指先に摘んでケージの内側に差し出してみせる。するとこれに気づいたハムスターは、ふんふんと鼻を鳴らしながら近づくと共に、彼が差し出した餌をカリコリと食べ始めた。
「……こいつはアンタのご主人には内緒だ。分かったな?」
なんだかんだ楽しんでいるマーキスだ。口元には小さく笑みが浮かぶ。
その姿は両親に内緒で孫に玩具を買い与える祖父さながらだった。
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