竹内君 二

 その日、委員長はリサちゃんから学校に呼び出しを受けた。


 どうしても休みの内に話したいことがあるとのこと。落ち合う場所として指定されたのは、校舎裏の人気も少ないスペースだ。ちなみにそこから少しばかり進むと、ローズと竹内君が組んず解れつしている校舎裏に至る。


「リサから改まって呼び出しとか珍しいよね。どうしたの?」


 普段と同様、制服姿で同所までやってきた志水。


 委員長という役柄、休みの日に学校を訪れることも度々の彼女だ。更に相手が同じクラスの仲が良い女子生徒となれば、これといって身構えることもなく、平日と変わらずに自然体での来訪となる。


 リサちゃんが立っているのは、その二、三メートル先の地点。先に同所を訪れていた彼女の下へ、委員長が今まさに足を運んだ次第であった。リサちゃんもまた、学校という場所も手伝い、平日と変わらずに制服姿である。


「ごめんね、委員長。急に呼び出したりちゃったりして」


「別にいいよ? もしかして相談事? 私でよければ幾らでも言ってよ」


「…………」


 本来であれば本日も、朝から晩まで自室でデスクに向かう予定であった委員長だ。フランシスカから頼まれた仕事の件もある。友達付き合いも大切だが、当面は勉学を優先しようと翌年に迫る入試に思いを馳せている。


 しかし、それでも同じクラスの友人からの頼みとあらば、ほいほいと足を運んでしまうのが彼女という人格であった。志水は申し訳なさそうにするリサちゃんに、ニコリと笑みを浮かべて見せる。


 その姿を目の当たりにして、リサちゃんは肩をビクリと震わせた。


「リサ?」


「…………」


 リサちゃんは元気が取り柄の美少女である。その快活とした性格はクラスの女子をまとめ上げると共に、ムードメーカーとしても機能している。そんな彼女の腰が引けている様子を目の当たりとして、委員長は疑問を覚えた。


 もしかして、深刻な相談事だろうか。そんなふうに考えたのなら、委員長は少しばかり態度を改める。ここ最近はショッキングな出来事ばかりが立て続けに起きて、メンタルを引きずられること度々の彼女である。


 家に帰ってからの勉強に影響を出さないよう、しっかりと気を引き締めて臨もう、とは段々と自分の心に自信がなくなってきている彼女の素直な思いである。同時に脳裏に浮かんだのは、いつだってマイペースな誰かさんの姿か。


「委員長、これから私が言うことなんだけど……」


「う、うん。何でも言ってよ。ちゃんと最後まで聞くから」


「……本当?」


「本当だよ?」


「…………」


 躊躇してみせるリサちゃんのらしくない姿を眺めて、委員長はドキドキだ。


 表情を強張らせて続く言葉に挑む。


 その脳裏には様々な疑問が浮かんでは消えてを繰り返す。昨日の打ち上げの騒動で何か問題が起こったのかしら、それとも松浦さんのことでまた他の女子が賑やかにしているのかも、とかなんとか、ここ最近は悩みのタネに事欠かない二年A組である。


 一方でリサちゃんは自らの足元を見つめるよう、顔を俯かせて視線を落とす。前髪に隠されて表情が見えなくなる。スカートの脇ではぎゅっと固く握られた拳が、プルプルと小刻みに震えている。


 おかげで委員長の不安はうなぎのぼりだ。


 早く言って欲しいなぁ、とは彼女の素直な思いである。


 そうした志水の願いが届いたのか、ややあって再びリサちゃんが顔を上げた。


「委員長、あ、あのねっ!」


「うん」


 勢いを取り戻したリサちゃんは、声高らかに言ってみせた。


「私、委員長のことが好きなのっ! お願い、付き合ってっ!」


 休日の学校、その校舎裏にリサちゃんの声が大きく響いた。


 平日であったら第三者に聞かれていたかも知れない。しかし、本日はお休み。誰の耳に届くこともない。位置的に竹内君であれば、聞こえていても不思議ではないが、そんな彼は同時刻、ローズに首を捻られてその生命も風前の灯。それどころじゃない。


「一人の女として、い、委員長のことが好きなの! 本気なのっ!」


「…………」


 まるでお酒でも飲んだように、顔を真っ赤にして叫ぶリサちゃん。


 おかげで返答に悩むのが委員長だ。


 また勉強が手に付かなくなるようなこと言われたなぁ、と彼女は思った。




◇ ◆ ◇




 竹内君がローズの手により半殺しに遭い、一方で委員長がリサちゃんから愛の告白を受けている一方で、西野は自宅となるシェアハウスに向かっていた。休日である本日の内に、部屋の掃除をせんと意気込んでの帰宅である。


 すると玄関を過ぎたところで、彼はリビングで同居人の姿を見つけた。


 二人は荒らされてしまった部屋の片付けを行っていた。


 近所のコンビニで購入してきたのだろう。真新しい雑巾を片手にソファーをゴシゴシと拭いていた。どこぞの金髪ロリータが引っ掛けた汚物を落としているようである。一晩経ったことで乾燥、こびり付いてしまった彼女の尿である。


「二人とも帰っていたのか」


「お、おう、西野少年か」


「おはよう、ニッシー! あっ……」


 ニッシー呼ばわりをした直後、山野辺がしまったと言わんばかりの表情で口元を抑えた。どうやら昨日の一件を思い出した様子である。その姿を目の当たりにして、西野は苦笑しつつ言葉を返した。


「大丈夫だ。あの女は一緒じゃない」


「そ、そう? ごめんね?」


「いいや、俺はなんと呼んでくれても構わない」


 できればニッシー呼ばわりが嬉しい西野だった。


 異性からあだ名で呼ばれるのが青春っぽいとかなんとか。


「山野辺から聞いたんだけど、なんでも西野の世話になったんだってな。正直、かなりぶっ飛んだ話だったんで信じられないんだけど、こうして無事に二人で帰ってこれたってことは、きっと本当なんだろう」


 雑巾をソファーに放ったユッキーが西野のもとに向かう。


 黒ギャルもまた同様に、彼の背に続いた。


 都合、リビングに通じるドアの下枠を挟んでの会話だ。


「いいや、俺は偶然居合わせただけだ。礼は不要だ」


「だとしても助かった。見かけによらずヤンチャなんだな、オマエ」


「さて、どうだろうな」


 黒ギャルからどのように伝えられているのかは分からないが、とりあえずシニカルを決めておくフツメンである。下手に事情を伝えて、自身の身の上に追求が及んでは面倒だと考えた彼だ。


 するとユッキーは口元に小さく苦笑を浮かべて、続く言葉を口にした。


 その表情は穏やかなものである。


「それと俺たちの面倒に巻き込んで悪かった」


 彼は西野に対して、深々と頭を下げてみせた。


 その隣で山野辺もまたお辞儀をしている。


「たいした面倒じゃない、それも気にしなくていい」


「もしもあのまま助けられていなかったら、俺もコイツもきっと碌な死に方はできなかったと思う。それがこうして無事に家まで戻ってこれたんだ。どれだけ感謝しても足りないくらいだ。本当にありがとう」


「ニッシー、ありがとうね!」


「…………」


 実際に動いたのはローズであるから、なんとも複雑な気分のフツメンだ。


 早合点から彼女を誤って切り飛ばしてしまった一件も、未だに片付いていない。有耶無耶のまま本日を迎えたが、きっと相手は納得していないだろう、とは彼の判断である。更にペットの命まで救われたとあっては、現状とても複雑な立ち位置だ。


 少なくともこれまでと同じような軽口のやり取りで済ます訳にはいかない。


「同じ家で暮らしているんだ。同居人が困っていれば手くらい貸す」


「……西野、その件についてなんだけど」


「どうした?」


 それまでとは声の調子を落として、ユッキーが言った。


「俺たち、この家から出ることにした」


「…………」


 傍らでは山野辺もまた神妙な面持ちで彼を見つめている。


 どうやら冗談を言っているようではなさそうだ、と判断してフツメンは答えた。冗談で引っ越しを提案するような場面ではないのだが、日々全てが冗談のような毎日であったフツメンは、その手の検討に暇がない。


「こちらに気遣っているようなら、それは不要だ」


 段々と高まりゆく現場のシニカル。


 これに屈することなくユッキーは続けた。


「仮にそうだとしても、近所に迷惑が掛かるかも知れないだろ? それにまた襲われたらって思うと、このまま同じ家に住み続けるだけの根性が、俺にはないんだよ。山野辺のことも大切にしたいって思うし」


 西野に気遣った柳田は素直に心中を語ってみせる。


 できれば言いたくなかった男の本音である。


「そうか……」


 これにフツメンは偉そうに応じてみせた。


 相変わらずコミュ力が足りていない。


 竹内君であれば、もう少し上手い言い回しで送り出したことだろう。


「わかった」


「悪いな。オマエはここに越してきたばかりなのに」


「いいや、気にするな。誰にだって都合はある」


 心底から申し訳なさそうな表情で柳田は言ってみせた。


 そんな彼に対して、西野が畳み掛けるように語る。


「俺はここにいる。もしも何か困ったことがあったら頼るといい」


 二人と別れの気配を感じたフツメンが、シニカル一直線。


 これでもかと雰囲気を出しての決め台詞である。


 その姿に躊躇しつつも、大人なユッキーは素直に頷いて応じた。


「あ、ああ、ありがとうな」


「ニッシーってば気取り過ぎでしょ? マジうけるんだけど」


「……そうか?」


「そうだよー」


 それからしばらくフツメンは、二人と他愛ない会話をしながら、散らかってしまった自宅の掃除を行った。山野辺と柳田は自分たちのせいだからと、彼からの手伝いの申し出を断ってみせたが、それに応じる西野ではなかった。


 同居人との最後の共同作業、逃してなるものかともれなく参加である。


 自室を含めて、屋内が一通り片付く頃には、窓から西日が差していた。最後に彼らは山野辺が用意した食事をダイニングで共にした。そして、夜が訪れると共に、荷物をまとめて新居へと移っていった。


「…………」


 キャリーバッグを引いて去っていった二人。


 その姿を通りの先に見送って、少し寂しい気持ちのフツメンだ。


 本日から家は彼一人の住まいとなる。


「……戻るか」


 誰に言うでもなく呟いて、自宅に向い踵を返す。


 すると再び歩き出した彼の視界に自動車が映った。二人が歩いて行ったのとは反対側からやってきた一台だ。値の張りそうな外国産のクーペには、本来であれば白であるはずのそれに代わり、青色のナンバープレートが嵌められていた。


 車は西野の行き先を遮るように近づいて、自宅正面に止まった。


 窓から顔を出したのはフランシスカである。


「あら? こんなところで会うなんて奇遇ね」


「……アンタか」


 自動車の正面で立ち止まったフツメンの表情は顰めっ面。


 一方で語りかける彼女はニコニコと笑顔だ。


「今日は機嫌がすぐれない。さっさと退いてくれ」


「せっかく色々と手を回してあげたのに、随分な言い方じゃないの」


「……なんだと?」


 何気ないフランシスカの物言いを受けて、フツメンの眉毛がピクリと震えた。碌に整えられた試しのない太めの眉毛だ。少しは抜いたり剃ったりしたらどうか、とはクラスの皆が思っているものの、誰一人としてアドバイスを与えるものはいない。


 整えられたら整えられたで、きっとイラっとするだろうからと。


「保険証を持っていない怪我人を病院に受け入れて、引越し先を手配して、警察の後始末まで行ったのよ? もしも貴方の友達に頼んだのなら、幾ら掛かるかしら。まあ、巡り巡って私のところに来る可能性が高いのだけれど」


 どうやら山野辺とユッキーの引っ越しは彼女の手引きがあったようだ。


「本人は納得しているのか?」


「当然じゃないの。荒らされた家に住み続けるなんて普通はしないわよ」


「…………」


「まあ、そうは言っても大半の関係者は、貴方が処分してしまったみたいだから、同じようなことが起こる可能性も低いとは思うけれど。あぁ、代わりにそっちでも私が動く羽目になったわ。そう考えると、お礼の一つくらいは欲しいわね」


「……なるほど」


「なんでも聞いた話だと、今回はローズちゃんが活躍したそうじゃない?」


「ああ、世話になった」


「だったら私にも少しくらい、優しくしてもいいんじゃないかしら」


「…………」


 フランシスカの言葉は尤もだった。


 今回の一件では、ブロンド二人組に世話になってばかりの西野である。ただ、それでも彼としては気に掛かる点があった。おかげでどうしても、目の前の相手に対して素直に謝罪の言葉を伝えられない。


「それなら火事の一件と併せてチャラだな」


「まさかそれって、貴方のアパートの件を言っているのかしら?」


「……違うのか?」


「当然じゃないの、馬鹿なことを言わないで欲しいわ」


「それにしてはタイミングが良すぎる」


「タイミングが良かった点については、私たちも同意するわ。行き場を失った貴方に対して、当面の住まいを手配する算段になっていたのだもの。それなのに即日で引っ越し先を決めてしまうから、本当に困ったものよね」


「…………」


「私としては、貴方がどこに住んでいても何ら構わないわ。むしろああいった古いアパートの方が、音を拾いやすくて便利じゃないの。ローズちゃんはこだわりがあるようだけれど、こっちはそこまで面倒をみられないわ」


「……そうか」


「それでも気になるというのなら、消防署に出火日時を確認するといいわ。同時刻、あの子は貴方と一緒にいた筈だから。色々と疑ってくれているようだけれど、これでも私はあの子の管理者なのだからね?」


「…………」


 出火日時までは確認していなかった西野である。そこまで言われてしまうと、これ以上は疑うことも難しい。すると今回の引っ越しは、全てが全て偶然ということになる。フツメンの中にあった僅かばかりの疑念さえもが、萎々と縮んで消えた。


 おかげでシュンと大人しくなったフツメン。


 ローズに強く当たってしまった件が、胸内で殊更に尾を引いてくる。


「ところで貴方のクラスには、竹内っていう子がいるじゃない?」


「……竹内君がどうした?」


「【ノーマル】とは仲がいいのかしら?」


「…………」


 フランシスカの言葉を受けて、またもピクリと西野の眉が反応を見せた。彼女の口から【ノーマル】なる単語と共に、クラスメイトの名前が漏れたとあっては、心中穏やかでないフツメンである。


「竹内君に何かあったら、アンタたちであっても容赦はしない」


「あら、それは困ったわね……」


「何のつもりだ?」


「いいえ? ちょっと確認しただけよ。気にしないでちょうだい」


「…………」


 難しい表情となり、西野は相手を見つめる。


「話はそれだけよ。それじゃあ私はこれで失礼するわね」


「……ああ」


 彼は彼女の挨拶に渋い表情で頷いた。


 フランシスカが車内に引っ込むと同時に、エンジンがブォンと唸りを上げる。普段であればもう少し絡んできそうなものだが、本日の彼女はアッサリしたものであった。動き出した自動車は、そのままフツメンの傍らを過ぎて、通りの先に消えていった。


「…………」


 西野はこれを車体が角を曲がり見えなくなるまでジッと眺めていた。




◇ ◆ ◇




 同日の夜、竹内君は自宅の居室でこれでもかと頭を悩ませていた。


 学習用デスクに向かう彼の前には、近所のペットショップで購入した透明なプラスチック製のケージが置かれている。そこには同じく同店にて、活餌用として売られていたハツカネズミが何匹も入れられており、せわしなく動き回っている。


 そのうち一匹を手に取ると、竹内君は自身の口から採集した唾液をスポイトで垂らした。


「っ……」


 ツゥと垂れたそれは、ネズミの体毛に付着するや否や、触れた部位を溶かし始めた。シュウシュウと音を立てて毛先が崩れていく。やがてそれは表皮を超えて、肉や筋までをも溶かすように侵食し始めた。


 皮膚より下が溶け出したことを受けて、ネズミが激しく暴れ始める。


 チュウチュウと悲鳴じみた鳴き声が部屋に響く。


 これを逃さないように握りしめて、竹内君はネズミの様子を見つめていた。動きが激しかったのは二、三分ほど。やがて反応は鈍くなっていき、五分と経たない内に、ネズミはピクリとも動かなくなった。


 唾液の垂らされた腹部は焼け爛れている。


 まるで強い酸でも触れさせたようだ。


 しかし、部分的な火傷のため絶命するほどではない。


 当然だが出血も少ない。


 それにも関わらず、ネズミは死んでしまった。


「…………」


 既にこれで三匹目だった。


 ネズミの亡骸を足元に用意したビニールに突っ込んで、竹内君はデスクに突っ伏した。過去二度の実験も今し方と同様に、ネズミは竹内君の唾液を受けたことで身体を焼かれて、そのまま絶命していた。


 彼の脳裏に思い浮かんだのは、ローズが口にしていた毒という単語。確かにそれっぽい反応であるとは、彼もネズミの死骸を眺めて感じていた。しかし、それが自らの口内から分泌されたとあっては、悩まずにはいられない。


「……本当、こういうのマジで勘弁なんだけど」


 誰に言うでもなく呟いてみせる。


 割と参っているイケメンだった。


 ただでさえローズとの関係が面倒なことになっている。学内カーストのトップに君臨する彼女の存在は、竹内君であっても決して無視できないものだ。明日以降、学内でのコミュニケーションを思うと頭が痛いイケメンである。


「…………」


 しばらくを突っ伏したところで、再び頭を上げた彼はデスクに向き直った。


 どうやら自身の身体の調査を優先することに決めた様子だ。このままでは同じ家で寝起きする家族にも被害が及びかねない。そうした危惧が彼を突き動かしていた。一週間頑張ってみて、それで駄目なら親を頼ろう、そんな算段である。


「……よし」


 その日、竹内君は夜通し実験に明け暮れる羽目となった。


 唾液に始まり、涙や汗、血液、精液に至るまで、自らの体液という体液を採集の上、ネズミに触れさせて反応を見る。そうした家族に隠れての行いは、情けないやら恐ろしいやらで、彼のメンタルを嘗てないほどに削っていく。


 結果的に彼の体液はどれ一つの例外なく、ハツカネズミを絶命させた。最終的には買い込んだネズミが全て失われたことで、実験は終了である。当面、部活動で汗はかけないと理解したイケメンである。


 そして、そろそろ空も明るくなろうかという頃合いのこと。


 彼は一つの結論に達した。


「これじゃあ、女ともヤれないじゃん……」


 異性交友の可能性を失い絶望する竹内君であった。




◇ ◆ ◇




 その日の夜、ローズ宅に来客があった。


 迎え入れる家主は、客の顔を目の当たりにして眉を潜めつつも、リビングに案内する。すると相手はズカズカと歩みを進めて、勝手にソファーに腰を落ち着けた。その様子はやたらと慣れたものである。


「それで、どうだったのかしら?」


「十中八九、彼は知らないわね」


「そう……」


 リビングのソファーに腰掛けて、向かい合わせに言葉を交わすブロンドの女が二人。問い掛けたのは、ロリロリのミニマムボディーが愛らしい少女。これに答えてみせたのが、女性的な魅力に溢れた体型の美女。


 ローズが迎えたお客はフランシスカだった。


「【ノーマル】に気づかれていないとは大したものよね」


「ええ、そうね」


「ローズちゃん的には、どう考えているのかしら?」


「即刻殺すべきね」


「あらまあ、随分と過激じゃないの」


「…………」


 依然として西野との一件から、竹内君を恨んでいる彼女だ。


 一方でフランシスカは機嫌が良さそうである。


「私としては確保しておきたいわね」


「相手が彼を狙っているとは考えられないの?」


「そこは改めて調査するに決まっているじゃないの。前に調べたときは、これといって何も出てこなかったのよね。両親が地元に根を張った医者だから、とてもやりやすかったことを覚えているわ」


「……そう」


「間違っても殺さないでちょうだいね? ローズちゃん」


「確約はできないわ」


「けれど、彼はこのことを知らないのでしょう? もしも貴方がやったとバレたら、協力を願うどころじゃなくなってしまうのではないかしら? 下手をすれば貴方が【ノーマル】から狙われる羽目になるわよ?」


「…………」


 西野に対して恩を売り、更に売女の汚名を晴らしたことで、ようやっと一歩前進した彼女である。明日、意中の彼と学校で顔を合わせるのが、楽しみで楽しみで仕方がない。できることなら、このまま一気に距離を縮めたいとは本心である。


 しかし、それでも彼女の胸内には、竹内くん憎しの思い渦巻く。


 殺してしまって、結果的に西野に恨まれても構わないと思うほどだ。実際問題、つい先日には衝動的に動いてしまった彼女である。もしも竹内君が毒竹内君と化していなければ、今頃は西野から追われていたことだろう。


 それが良かったのか悪かったのか、今の彼女には判断がつかない。


「今のところ私から伝えられるのはそれくらいね」


「ご苦労さま。話が終わったのなら、さっさと帰ってちょうだい」


「ところで、前々から良いところに住んでいるとは報告を受けていたけれど、こんなに厳つい場所だとは思わなかったわ。今晩ここに泊まっていってもいいかしら? たしか一人暮らしだったわよね。客室の一つくらい空いているでしょう?」


「さっさと帰りなさい」


「少しくらい考えてくれてもいいじゃないの」


 そろそろ日も変わろうという頃合い、ホテルに戻るのが面倒になったフランシスカである。ビールの一杯でも開けて、そのまま眠ってしまいたいという意志が露骨に窺えた。海の向こうに構えた自宅には、かれこれ半年以上は戻っていない多忙な人物である。


「それが無関係な他人に私の個人情報を受け渡した者の言葉かしら?」


「なんの話?」


「彼の近くをうろちょろしている邪魔な女よ」


「あぁ、あの子のこと」


 ローズからの指摘を受けて、フランシスカの脳裏に志水の顔が浮かんだ。


 つい一昨日にも電話連絡をとっていた彼女である。


「無関係じゃないわよ? 私のもとで働いてもらっているもの」


「相変わらず冗談がつまらないわね。あんな子供に何ができるというの?」


「冗談じゃないわ。おかげで抱えていた仕事が解決したもの。そっちは力仕事じゃないから、どうやって済ませようかと悩んでいたのよね。貴方も長いこと仕事をしているのだから、もう少し芸の数を増やしたらどうかしら?」


「…………」


 委員長との一件である。


 全ては偶然の賜物であるが、ローズをこき下ろす絶好の機会とあって、フランシスカはこれでもかと盛ってみせた。おかげで面白くないのが、一方的に当て付けられた金髪ロリータである。


「それなら今後はあの娘と行動すればいいわ」


「昨日、貴方からあった報告も気になっているの」


「……昨日?」


 ローズは昨晩送ったメールの内容を思い起こす


 該当したのは報告書に記載した一文だ。


「両手を拘束された状態で、成人男性二人を無力化したとあったわね」


「そんなことも書いたかしら」


「片親というのも、何かと都合がいいのよね……」


「…………」


 本人の知らないところで、その将来が動きつつある委員長だった。

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