第8話 マグカップの苦悩
歳を重ねると月日の流れが速くなると聞いていたが、50歳を過ぎた今、それは本当の事だと実感している。
今年の冬は寒いと思っていたら、いつの間にか白い木蓮の花のつぼみが膨らんでいる。私にとっては天気予報情報より精度の高い、花粉症ピークの合図である。
昼と夜の寒暖差も大きく、朝のコーヒーは一日の喜びのひとつ。
愛用のマグカップは2種類。ひとつは夫と色違いで購入した薄青い色の陶器のマグカップ。もうひとつはベージュのステンレス製の断熱マグカップ。さて、どちらを使おうか。
朝のコーヒーの楽しみは何といってもコーヒーの香りと甘いお菓子。ホワイトデーに貰った最後のクッキーをお供に、本日のマグカップはブルーの陶器のマグカップだった。今朝は少し寒かったのだ。
陶器のマグカップは手のひらから温もりを感じることが出来る。私はそれがとても好きだ。その分、冷めるのが早いのが惜しいところだ。
ついうっかりテレビに見入ってしまうと、冷たいコーヒーを飲む羽目になるのが悩ましい。
今日は温かいうちに飲み干すことが出来たが、確率的には半々くらいと言ったところだろうか。
一方のベージュのステンレスの断熱マグカップは、確かに飲み物が温かいままでしばらくは楽しめるのだが、手のひらから温もりを感じることが出来ない。うっかり掌で触ると心まで寒さに支配されてしまいそうになる。温かい飲み物を飲みたい寒い朝には、重宝するはずなのに出番が少ない。
暖かい土地から寒い土地へ引っ越したせいだろうか。身体が掌からの温もりを無意識に求めているのだろう。陶器のマグカップの温かさをキープする方法はないものだろうか。
ある日、セールの案内につられてECショッピングサイトを見ていた時である。私の目に飛び込んできたのが、マグカップウォーマー。
まさに私の苦悩を解決するための商品だ。小さな丸いコースターのような形で、マグカップを載せて保温することが出来るのだ。USB電源対応の商品もあり、パソコン周りでの使えるという便利さ。
これで、お気に入りの陶器のマグカップでのコーヒータイムの至福の時間を長く出来る。私はすぐにその商品をECショップサイトの買い物かごへ入れた。見ると類似の商品が数多くあり、デザインの豊富。ついつい、あれこれと見比べて迷う。この時間もまた、楽しい。
世の中はどんどん便利になる。これは本当に良いことだと思う。
私は、陶器のマグカップを両手で抱えて暖を取る、その時間に小さな幸せを感じていた。
だが、マグカップウォーマーで、陶器のマグカップがいつまでも温かいのだとしたらどうだろう。この幸せの価値が失われてしまうような気がするのだ。
マグカップウォーマーを見つけた時には、すぐに購入するつもりだったのに、段々と熱が冷めてしまう、この不思議を何と表現すればよいのだろう。
私のマグカップの苦悩は形を変えて再び、新たな悩みのタネとなった。マグカップウォーマーを買うべきか否か。買うなら何色にするか。
季節は確かに春へと向かっているけれど、テレビの気象予報士は「まだ寒の戻りがあるので、ダウンを仕舞うのは待ってくださいね。」と言っている。
嗚呼、どうしたものか、どうしたものか。
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