第7話 新しい街の最初の友人、茶シロ猫のトム
仕事をしていると、希望に沿わない転居が必要になることがある。
私も久しぶりの引っ越しに、新しい街への期待と不安で少しばかり情緒が不安定になったりもした。もちろん仕事への不安も大きい。
実は私、デパートでも曲がりくねったトイレだと出口が分からないことがあるほどの重症の方向音痴。新しい住まいからスーパーまでの歩いて5分の道のりもスマートフォンの地図アプリを頼りにするほどである。
住宅街を抜けると程よい距離にスーパーがある。これは新居を選ぶときに決め手になった条件のひとつ。出来れば買い物に便利な場所に住みたいというのは主婦の強い願望だ。
新居は、小さな山を切り崩して作られた住宅地の高い場所に立っている。目指すスーパーは坂の下なので、ひたすら下っていけばよいはずであるが、地図アプリに表示された通りの道を進んで角を曲がると、そこには上り坂が。
思わず仰け反る私の目の前を横切ったのが、茶シロ猫である。ちょっと太めのボディに短めの手足。遠目だったので分からなかったけれど、もしかするとスコティッシュフォールドかも知れない。
尻尾を立てて歩く茶シロ猫は、ちらっと私を見た。間違いなく、見た。「おや、新顔じゃないか」とでも言わんばかりの顔である。
私も挨拶を返そうと一瞬、にゃーと言いかけたがやめた。家の前にヤンキー座りでタバコを吸っている中年男性がいることに気付いたからである。猫と話すところを見られたら後が厄介だ。
軽く会釈をして通り過ぎる。坂を上ると地図アプリ通りに右折。そこには古い民家があり、その向こうになだらかな下り坂がある。坂を下りきると左手に目指すスーパーがあった。見慣れたロゴを見てほっとした。店名では分からなかったのだが、全国展開のチェーン店の系列店だったのだ。
買い物を終えて来た道を戻ると、先ほどの男性はもういなかった。猫も居ない。近くに居ないかな、と見回すと満開の梅の花の向こうの家の2階の窓からこちらを覗いている猫の姿が。
間違いなく、先ほどの茶シロ猫である。出窓からこちらの様子をうかがっているのだ。飼い猫だったのか。やはりスコティッシュフォールドかな。いつか近くで逢えるかもしれない。対面するのが楽しみである。
家の玄関に近づくと、中から犬の鳴き声が聞こえた。犬も猫も飼っているお宅なのか。私は茶シロ猫をトムと命名した。オスかメスか分からないけれど、それはどっちでもいい。この道を歩くときに、トムと出逢えるのを楽しみにすることにした。
茶シロ猫のトム、これからどうぞよろしく。
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