第5話 猫のマドレーヌ
なくて七癖というけれど、私は子供のころから他所のペットに勝手に名前を付ける癖があった。少しばかり内向的な子供だったのかもしれない。
50歳を過ぎた今でも、通勤途中に出会う猫に名前を付けている。出来れば変なおばさんと思わず、可愛いおばさんと思ってもらえると嬉しい。
その中の一匹が三毛猫のマドレーヌ。背中にある明るい茶色の模様が、まるで焼きたてのマドレーヌの様に見えたので、そう命名した。
線路脇に咲くコスモスや小菊の前で座るマドレーヌは、まるでカレンダーの猫のようだった。マドレーヌに逢えるかもしれないということが、私の出勤時の楽しみの一つになった。
私は自宅から最寄駅まで自転車で、駅から一駅だけ電車で通勤している。
その日の朝は雨が降っていたので、お気に入りの傘をさして歩いて行った。夕方には雨は上がっていたので、テクテクと線路沿いの道を歩いていたところ、足元にぬくもりが。見るとマドレーヌが身体をこすりつけるようにして甘えてきていたのだ。
余りに人懐っこくてかわいいので、たくさん撫でて写真を撮った。餌はふんだんに与えられているらしい。身体はふっくらしていて毛並みもきれい。首輪はないけれど飼い猫だろうか。
ふと見ると、古いアパートの1階の扉の前に餌と水が用意されている。どうやら家の中には入れてもらえないらしい。ペット不可の物件なのか、はたまた猫アレルギーの愛猫家なのだろうか。
愛され猫と確認できたことで、ホッとした私は、マドレーヌに別れを告げて帰途についた。しばらくはついて来たものの、テリトリー外に出たのだろうか、マドレーヌは途中でお行儀よく座って見送ってくれた。
こっそりとマドレーヌをかわいがっているのは私だけではなかった。
会社帰りにマドレーヌを探しながらゆっくり自転車をこいでいると、ウォーキング途中らしきマダムたちがマドレーヌの家の近くでキョロキョロと辺りを見回している。
「今日はみーちゃん、いないみたいね」「残念ね」
この先輩マダムたちもマドレーヌをみーちゃんと呼んで可愛がっているのだろう。聞こえてきた会話に、胸が温かくなった。
マドレーヌは花壇の近くにいたり、塀の上にいたり、駐車場の片隅にいたりする。見つけられる確率は割と低い。出会えるだけで幸せな気持ちになる三毛猫マドレーヌ。
本気で信じてはいないけれど、猫が宇宙人のスパイだという説があるらしい。もしもそうならマドレーヌはなかなか優秀な諜報員だと言えるかもしれない。
私が知っているだけでも、下校途中の子供たちや犬の散歩の青年がマドレーヌに話しかけ、仕事中のタクシー運転手もわざわざ車を停めて、マドレーヌを撫でていたのだから。
マドレーヌはいくつ名前を持っているのだろう。調べられるものなら調べてみたいが、尋ねたら変人扱いされるのは確実なのでやめておくことにする。
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