第2話 鍋の翌日のチーズリゾットに寄せて
私たち夫婦が住む田舎の町は、気候も温暖でのんびりしている。
なかなか秋がやってこないと毎年心配するのだけれど、よく考えると、会社と自宅の往復で季節の移り変わりを味わうことが出来ていないだけなのかもしれない。
最近、それも何だかさみしいな、と思うようになった。
子供が小さいころには公園へ行って花を摘んだり虫を追いかけたりどんぐりを拾ったりした。あの頃は今よりもずっと時間がゆっくりと流れていたような気がする。
今は会社と自宅の往復だけで毎日同じ風景を眺めるだけの毎日。それでも線路わきの花が咲いたり枯れたりするのを楽しみにしているが、そういえば、もう何年も金木犀の香りを嗅いでいない。なんだか貧しい生活を送っているな、としみじみ思う。
南国の街と称されるこの辺りも、やっと気温も下がって寒くなって来た。会社の近くの商業施設ではクリスマスの飾りつけが始まった。寒くなると、自宅近くのスーパーで買い物へ行くのも億劫になる。出かけるにも気合が必要だ。
買い物へ行くのに「買うモノ」を決めていく人と、「買うモノ」を探しながら買い物をする人が居るという。圧倒的に後者の方が浪費家なのだそうで、お恥ずかしながら私たち夫婦は後者だと言わざるを得ない。
スーパーの目立つところに各社の鍋のつゆが並べられているからなのか、寒いとなると買い物しながら「今夜はお鍋にしようか」ということになる。特に、夫が調理当番の日は鍋率が高い。要するに楽をしたいわけで、昨夜は濃厚みそ味、珍しくノンアルコールだった。
鍋の後には野菜が残る。これを残らず使い果たすのが主婦の腕の見せ所。先日の鍋で残っていたエノキダケをハンバーグに混ぜ込んでいたことを夫は知る由もない。そして私も夫がそれを見込んで買い物をしているとは思いもしなかった。
家に帰ると、夫は冷蔵庫を開けて「あれ、エノキダケあったはずだけど」という。もう使ったよ、と言うと機嫌の悪い顔になる。「買ってこようか」と応じると、「もういいよ、マイタケを使うから」と。
正直なところ、あの日のエノキダケが残っていたとして、今夜の鍋に使えるかと言うとそれは甚だ疑問。エノキダケは足が早いのだ。
それはさておき、残り物を計算して買い物をするなんて、うちの夫もだんだんと家事力を上げているようだ。これはウカウカしていられないな。老後に財布の中身までチェックされないように気を付けておかなくちゃ。
さて、市販の鍋のつゆは大抵は3~4人前で、夫婦ふたりには量が多い。鍋の後に中華麺を入れて食べても、まだスープが残る。このスープを捨ててしまうなんて、そんなもったいないことは出来ない。最後まで美味しくいただかなくては、主婦の名が廃る。
という訳で、翌日のお昼ご飯はこの残りのスープをいただくのである。
土鍋の底に残った濁ったスープにご飯を追加して、惜しげもなくたっぷりのチーズを入れて煮る。チーズがとろけて土鍋が沸騰したら火を止める。火を止めてもなお、土鍋の中でくつくつと煮えるのを、ふたを閉めたままでしばらく待つ。時にチラ見して美味しいにおいを嗅ぐ。これぞ台所の幸せ。
熱々の濃厚みそ鍋つゆのチーズリゾットをいただきながら満たされるのは空腹だけではない。
うちの夫は土日が休みではないので、週末は夫からも仕事からも解放される素敵な休日になる。決して、夫のことがイヤだと言うわけではない。ただ、誰にも気兼ねせずに自分自身でいられる時間がある、ということがいかに幸せかということをしみじみ感じる土曜日の午後なのである。
ちなみにチーズには、血糖値の上昇を抑えて脂肪をつきにくくする働きがあると言われている。これは私がチーズを食べるときの呪文である。なお、ハイカロリーであることは間違いないので念のため。
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