常人の切り札

 『魔法機構日本支部』の地下三階、独房の中。

 本来ならば実験用にビーストを捕獲し、収容する予定だった場所の最奥部に、一人の人間がいた。灰色のスウェットを着せられたミチルだった。心なしか、肌が汚れていた。


「結局監禁かー……あっはっはっはっは……ははは」


 異様に冷えたコンクリートの床に寝転がったミチルが、乾いた声で笑った。


「今日で四日目ー……。後三日ー……。話し相手の『エボルブレスレット』もメンテと言う名目で没収だしー……」


 ミチルは指で数えながら言って、唐突に不安げな表情を浮かべた。


「ヤバイ、今ここでアイツが出たら成す術ない……。後三日だけ、後三日だけでいいから、頼むから出ないでよ……」


 祈るような声が響いたが、外に漏れる事はなかった。



 『魔法機構日本支部』の二十階、司令室に、ミリヤ、ミチル以外のスローレイダー隊、そして榎田が集まっていた。


「……ミッちゃんの『謹慎期間』終わってないのに、どうして召集したんですか? 契約書読み直しましたけど、誰か一人でも謹慎処分受けてるとそれが解除されるまで全員活動停止処分なんですよね?」


 翔子が訝しげな表情になって言った。


「……今回は例外よ、平木隊員。ミチル隊員とネクストの証言に依ると、次に現れるビーストは、今までで最も危険な存在らしいから……」


 ミリヤが真剣な様子で言った。


「……それ、確証はあるんですか?」


 西条が短く聞いた。


「…………そうね、こう言うと証拠がないって言われるでしょうけど、あの二人が私達に嘘を吐いた事は、これまで一度とないわ。要は……これまでの信頼からよ」

「…………わかりました」


 ミリヤの視線を受け止め、西条は引き下がった。

 それを見た榎田が、両手を打ち付けた。


「さて! そろそろ始めてもいいかしら?」


 榎田のどこか明るい口調を聞いて、榎田を除く全員が頷いた。榎田が満足げに頷く。

 榎田の目の前には、大型のジュラルミンケースが七つ置かれていた。

 ジュラルミンケースの内、真ん中の物を優しく叩きながら、榎田が話し始める。


「サソリビーストが出現した時に、武器の改良品を作製していると言っていたでしょう?」


 榎田以外の全員が頷く。


「あの後もずっと開発を続けていたのですが……、この度、遂に完成しました! それが……こちらです!」


 榎田はそう言ってケースのロックを外し、開けた。

 ケースの中には、現在スローレイダー隊が使っている大型の紺色拳銃が、銃本体と弾層が分けられて納められていた。


「見た目全然変わらないでしょ? ところがどっこい、強度がかなり高くなっているの。そして……!」


 そこまで言って、榎田は移動する。立ち止まったのは、ジュラルミンケースの中でも一際厳重な造りの物の前だった。このケースだけは、ダイヤルロック式の鍵、さらにケース本体にも鍵がかけられていた。


 榎田は白衣の内ポケットから鍵を二つ取り出すと、ダイヤルロック式の鍵の数字を揃えて解錠し、次にケース本体の鍵を解錠した。ケースのロックを外し、ゆっくりと開ける。


 ケースの中身は、真鍮色の細長い金属――弾薬だった。口径は四五口径。弾頭は、まるでライフル弾の弾頭のように鋭い円錐形をしていた。その数、二十四発。

 榎田はその内の一発を摘まんで持ち上げ、説明を始める。


「これはね、『身体破砕弾』って言って、弾頭でビーストの装甲みたいな肉体を貫いて、爆発する事によって致命的なダメージを負わせる事が出来る銃弾よ! あの紺色の拳銃で使用可能よ!」

「……ん? 弾頭が爆発するんですか?」


 エドが首を傾げた。


「おっ、いいとこ突くね。まあ、詳しい事は企業秘密なんだけど、弾頭の内部に高濃度の液体火薬を充填して、雷管で火花を作って爆破させるって感じね」

「…………それ、ジュネーブ条約でしたっけ? その条約違反にならないんですか?」


 溝呂木が冷や汗をかきながら聞いた。


「ん? 大丈夫大丈夫、ビーストにしか使わないって誓約書いたらあっさり通ったよ」

「嘘だろオイ……」


 溝呂木は愕然とした。


「まあ、そういう訳よ。んで、弾薬は現在量産中よ。これだけじゃあ、均等に分けると弾層に半分しか入らないもの」


 榎田はそう言うと、『身体破砕弾』をケースに戻した。


「とりあえず、これが現行での対ビースト用銃火器最強の兵器よ。でも、過信しないようにね」


 榎田の言葉に全員が返事をした。

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