嵐の前の静けさ、そして
食卓に夕食として、牛肉がふんだんに使われた大盛りのカレーライス、大量のツナ入りマヨネーズ和えサラダ、キャベツとしらすの味噌汁が並べられた。飲み物は牛乳だった。
「…………さあて」
椅子に座り、食卓と向かい合った舞が、気合いを入れるように言った。
「……ねえ舞ちゃん、何でこんなメニューになったの?」
心咲は舞と食卓を囲む形で座りながら聞いた。顔が軽くひきつっていた。
「ん? ああ、蛋白質のストックを作っておこうって思ってね」
舞は答えると、手を合わせ、
「いただきます」
そう言って、手始めにスプーンを手に取り、カレーライスを頬張った。咀嚼しながら、恍惚とした表情になる。
「確かにいつもタンパク質多めの料理だけどさ、ここ何日かずっと極端だよ? 一週間分もカレー作り置きしてさ」
心咲は首を傾げてから、いただきますと言って箸を手に取り、味噌汁を少しずつ飲み始めた。
舞はそれを聞いて、口の中のカレーライスを飲み込んで、
「いやさあ、一週間前のホネガイビーストを潰した時にさ、何かヤバそうなビーストの影を見たんだ。もう、倒すのにすっごく苦労しそうな感じだった」
舞はどこか興奮した様子で言い、フォークに持ち換え、もう片方の手でサラダを盛った皿を持ち、口に運んだ。暫く咀嚼して、
「んー、やっぱもうちょっとマヨネーズ欲しいかな」
そう呟いてフォークを置き、テーブルに置いてあったマヨネーズのボトルを持ち、サラダにマヨネーズを追加した。ボトルを置いて、サラダを口に運ぶ。
「うん、よしよし」
納得した様子で呟き、二口三口と進めてからもう一度カレーを食べ始めた。
「うっ、辛っ……」
カレーライスを食べた心咲が咳き込み、呻くように言った。
「あっ……、ルー、足し過ぎた?」
「辛い……。かなり辛い……」
心咲はそう言いながら、牛乳を一気に飲み、もう一杯注いで更に一気に飲んだ。
「うわ、ごめんごめん、オリゴ糖持ってくるね」
舞は立ち上がり、キッチンに向かい、すぐに戻ってきた。その手にはオリゴ糖があった。
「えっと……、じゃあ、好みの量かけてね。ホントにごめん」
舞はそう言って、心咲にオリゴ糖を手渡した。
「うん、大丈夫だよ。でも舞ちゃん、辛くなかったの?」
「いや、大丈夫だったけど……」
心咲に聞かれた舞はそう答え、自分のカレーライスを口に運んだ。
「…………あ、ヤバイ、辛かった」
「今気付いたの……?」
「いや、単純に思い違い……かな?」
舞はそう言うと、乾いた笑い声を上げた。
同時刻。
市街地の上空に、黒紫色の『闇』が出現した。
『闇』は徐々に滲むように広がり、直径四メートル程の円になった。
中から、幾つもの鳴き声らしき音が混じった不協和音が響いた。
不協和音を構成するのは、全て今まで舞やミチルが戦ったビーストのそれだった。
『闇』の奥から、何者かの影が、まるで全てを蹂躙するかのような足取りで歩み出した。
影は一際猛々しく叫ぶと、『闇』の中から飛び出し、アスファルトの地面に着地し、そこを中心に巨大な皹を作った。
コモドドラゴンビーストの顔を持ち、両肩からは歪んだ太い刺を生やし、両腕はネズミビーストのそれ。そして、全身に舞とミチルが今まで倒したビーストの顔が張り付いていた。その全てが、まるで意識がある事を誇示するかのように、鳴き声を上げ、口や嘴、大顎を動かした。
全身に顔がある異形は、全身の顔から雄叫びを上げ、進撃を始めた。
「――――っ!」
夕食を食べ終え、ソファで心咲と並んでくつろいでいた舞は、目を見開いて立ち上がった。
「…………舞ちゃん、もしかして……」
心咲が心配そうに舞を見上げる。
「……うん、そうだ。この嫌な感じは……ヤツだ。ヤツがとうとう行動を始めたんだ」
舞はそう言うと、歩き始め、すぐに立ち止まった。
「本当はもう少しお腹を休めたかったけど……、まあ、行ってくるよ。大丈夫、いつも通りすぐに終わらせて、すぐに帰ってくるから」
舞はそう言って、見る者が安心するような笑顔を浮かべた。
「…………絶対だよ?」
「うん」
泣きそうな表情になる心咲の頭を撫で、リビングから出た。玄関が開き、閉まる音がしてから、走る足音が遠ざかっていった。
「…………」
心咲はそれを聞き届けてから、リモコンを掴んだ。
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