決戦

 人々が逃げ惑い、大気に悲鳴が充満する。

 人々が逃げてくる方向から、幾つもの雄叫びが混じり合ったような不協和音が響いた。

 その源には、今まで舞やミチル、スローレイダー隊が戦ってきたビーストの顔が全身に張り付いた異形の怪物の姿があった。


 コモドドラゴンビーストに酷似した頭部から、熱線が放たれる。アスファルトが一直線に溶かされ、その先にあったビルが縦に真っ二つに焼き切られ、崩壊した。


 怪物の胸部にある、タコビーストに酷似した禍々しい顔の口から蛸の足に似た触手が伸び、逃げ遅れた若い男性の腰に巻き付いた。触手がタコビーストの口に引き込まれ、男性は怪物の眼前で固定された。

 怪物はコモドドラゴンビーストに酷似した口を大きく広げると、男性の頭頂部から心臓にかけてを貪り食い、食べ残しを踏み潰して歩を進めた。


「これは……ちょっとした空爆でも受けたみたいだな……」


 怪物の進行方向から走ってきた舞は、現場の凄まじい光景を目の当たりにして言った。


 舞を見つけた怪物が、まるで待ち焦がれていたかのように雄叫びを上げた。


「名付けるなら……、ビーストキメラ、かな。……やるか。これ以上、被害が拡大しない内に」


 舞はそう言うと、首から提げていた『エボルペンダント』の宝石を顕にした。


 怪物――ビーストキメラの腹部がサソリビーストのそれのように展開し、八門四対の砲門が顕になる。

 ビーストキメラは叫ぶと、砲門から一斉に禍々しい光弾を発射した。光弾が四方八方から舞に迫る。


 舞はそれを見ながら、『エボルペンダント』の蒼い宝石を指で挟み、


「変身!」


 祈るかのような声色で叫んだ。

 舞の全身を桃色と白のオーラが包み込み、同時に爆風が発生した。爆風は光弾の軌道を狂わせ、地面に激突させた。爆炎が広がる。


――Intellect and Wild!――


 『エボルペンダント』から音声が流れ、オーラが消滅する。オーラの中から、赤と黒の、攻撃的な姿に変わった舞が姿を現した。

 舞は息を吸い、短く鋭く吐き、全力で走り出した。

 ビーストキメラの頭部から蒼白い熱線が放たれる。

 舞はそれを体勢を低くして避け、熱線の真下を、体勢が殆ど地面と平行になるようにして走り続ける。

 熱線が消えた瞬間に体勢を戻し、ビーストキメラに肉薄し、


「ぅ……あぁっ!」


 およそ少女らしからぬ気合いと共に、右腕を首を狙って振ったが、


「ぐっ……!」


 右腕の刃が、首周りを覆う赤紫色の甲殻に阻まれた。やむなく強引に振り抜く。凄まじい量の火花が散った。

 舞はビーストキメラの心臓を抉ろうと構えたが、


「っ!」


 ビーストキメラの左胸が赤紫色の甲殻に覆われているのを見て、やむなく拳を握り、真っ直ぐ突き出し、拳を叩きつけた。鈍い音が響く。殴った勢いに乗せ、左拳で裏拳を顔面に叩き込む。


 ビーストキメラは多少仰け反ったが、何事もなかったかのように雄叫びを上げ、ネズミビーストのそれと同じ形状の両腕を同時に振り下ろした。

 舞はそれを両腕の刃で受け止めると、左足で前蹴りを繰り出した。ビーストキメラが後退した。

 舞は再びビーストキメラに肉薄し、その右腕を左腕の刃で切り落とそうとして、

 右肩に張り付いていた黄色い花――ハイビスカスビーストの顔に可燃性かつ高熱を帯びた花粉を浴びせられた。


「っ!? ぐっ、があぁっ!?」


 驚いた拍子に花粉を吸い込んだ舞が、体をくの字に曲げ、その場で悶絶した。


「ぐっ、うぅ、く……ぐぁっ!?」


 その隙を突き、ビーストキメラが舞の腹に蹴りを入れる。さらに左腕を振り下ろして舞の背中を打ち付け、右腕を振り上げ舞の体をワンピースごと切りつけた。


「がっ……!」


 舞は四メートル程吹き飛ばされ、地面に強かに打ち付けられた。


「そう……簡単に行く……訳ない……よ、なあ」


 舞はそう言いながら、ゆっくりと立ち上がった。切りつけられた部分から、血が滲み出ていた。息が、少し荒くなっていた。


 ビーストキメラは雄叫びを上げると、背中を少し丸めた。

 ビーストキメラの背中を突き破り、粘液に包まれた細長く薄橙色の何かが伸びる。

 何かはビーストキメラの両肩に生えた歪んだ刺に張り付くと、まるで子どもが粘土をこねているかのように混ざり合い、巨大なカラスビーストの黒い翼に変わった。

 ビーストキメラは翼を羽ばたかせると、宙に浮かび、飛び上がった。


「あの図体で飛べるのか……!?」


 舞は驚愕の表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締め、少し屈み、高く跳び上がった。舞がビーストキメラに肉薄する。

 それに気付いたビーストキメラが反転して、コモドドラゴンビーストの長い尾を振り下ろし、舞に叩きつけた。凄まじい速度で落下し、舞はアスファルトに激突した。アスファルトに、小さなクレーターのような跡を作った。


「げほっ……がふっ……」


 激痛に襲われ、舞が咳き込んだ。咳き込む事しか出来なかったが、すぐに咳を抑え込み、激痛を無視して無理矢理立ち上がった。


 それを見たビーストキメラが雄叫びを上げ、腹部の砲門から何十発もの光弾が地上の舞に向けて放たれた。


 光の壁を展開する事も逃げる事も間に合わず、舞に光弾が降り注いだ。舞は悲鳴を上げたが、その声は、爆発音に掻き消された。


 ビーストキメラが止めと言わんばかりに、爆炎の中の舞に向けて熱線を放った、その時だった。

 爆炎の中から飛び出した蒼白い光線が熱線と激突し、爆発して熱線を相殺した。


 爆炎の中から姿を現したのは、


「…………おまたせ」


 倒れた舞の前に立つ、蒼白い姿に変身し、『ディバイドロッド』をビーストキメラに向けたミチルだった。


「ミチル……!?」

「牢破りが間に合って良かった」


 驚愕する舞にミチルが笑顔を向け、すぐにビーストキメラを睨み直した。


「アレが闇の中にいた奴で合ってるよね?」

「……うん。見ただろうけど……、ビーストを何種類も同時に相手してる感じだよ」


 舞は答えながら立ち上がった。服は所々焼け焦げていた。


「アイツのメイン攻撃は頭からの熱線とお腹からの光弾、それと右肩の花の花粉。後両腕と両足と尻尾。全身サソリビーストの甲殻」

「わかった、気を付ける」


 ミチルは短く答えて『ディバイドロッド』を構え直し、軽く跳んだ。


『Flight!』


 右手首の『エボルブレスレット』から音声が流れ、ミチルの体が浮かび上がった。


「援護よろしく!」

「わかった!」


 舞の返事を聞き、ミチルが飛び立つ。

 ビーストキメラはそれを見て、更に高く飛ぶ。

 ミチルが追いながらミサイルを放ち、ビーストキメラはそれを避けながら、時々不意打ちするかのように振り向き、花粉を撒き散らし、熱線を放った。ミチルはそれを全て避けた。

 舞がビーストキメラの進行方向を狙い、右手から光刃を放った。

 ビーストキメラは急制動をかけ、光刃をやり過ごした。


「隙有りいぃっ!!」


 その隙を突いて一気にミチルが近付き、『ディバイドロッド』をビーストキメラの頭頂部に叩きつけた。そのまま地面に向けて押し込むように墜落した。土煙に包まれる。


 舞が墜落した場所に駆け寄る。

 土煙の中からミチルが吹き飛ばされたかのように飛び出し、背中を地面に打ち付けた。

 直後、ビーストキメラが土煙の中から現れた。その両翼は、付け根から折れ、ちぎれていた。

 ビーストキメラが勝ち誇るように唸り、歩を進めようとした、その時だった。


 ビーストキメラの首の左右の側面と左胸の甲殻が爆発した。


 ビーストキメラが初めて悲鳴を上げた。

 いつの間にか、スローレイダー隊がビーストキメラを取り囲み、『身体破砕弾』を装填した紺色の大型拳銃を構えていた。


「今だ!」


 舞達の後ろからビーストキメラの左胸を撃ったエドが、出せる限界の声量で叫んだ。


「っ!」


 舞は即座に反応して、ビーストキメラの眼前に飛び込んだ。


「うああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 舞は絶叫しながら右腕を振ってビーストキメラの首を薙ぎ、左胸を貫いた。

 引き抜いた右手には、ビーストキメラの心臓が握られていた。心臓を握り潰す。

 舞は振り返ると、後ろに転がっていた頭部に足を振り下ろし、粉砕した。

 直後、ビーストキメラの胴体が大爆発を引き起こした。



 変身を解き服と体を修復した舞は、同じく変身を解いたミチルとスローレイダー隊の面々に向かい合った。


「助かりました。正直に言いますと、私一人だと勝つのは難しかったと思います。ありがとうございました」


 舞はそう言うと、深々と礼をした。


「そう言ってもらえると、牢破りしてきた甲斐があるかな……」


 ミチルが少し照れながら言って、


「…………いや、後でちゃんと独房に戻りますよ?」


 スローレイダー隊の視線に気付き、冷や汗をかきながら言った。


「『身体爆砕弾』、ちゃんと効果があったみたいですね。……間に合って本当に良かった」


 石堀が胸を撫で下ろした。


「……じゃあ、早いですけど、もう帰りますね。後は頼みますね。……本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします」


 舞はそう言ってもう一度頭を下げると、踵を返して歩き始め、その場から去っていった。

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