夢よりの前触れ

 舞と心咲みさきは朝食を食べ終え、それからむくを呼び、何が起こっていたのかを話す事になった。

 椋が家に着いてからも、舞と心咲の間には何とも言えない微妙な空気が漂っていた。

 リビングのソファに座った椋が、向かい側に座った舞と心咲を少しの間見て、


「……でさあ、何でそこ二人はいつもみたいにイチャイチャしてない訳よ?」


 微妙な空気を感じ取って聞いた。


「う、え、えっと……」


 舞が口元をひきつらせて心咲を見ると、心咲も似たような表情になっていた。


「そのさ……、さっき電話で簡単に話したでしょ? その時にさ、舞ちゃんがこう……やっちゃったんですよ……」


 心咲が観念して答え、舞と同時に顔を赤くして俯いた。


「…………え? もしかしてしとねとかでも?」

「それは男女間で使う言葉だよ……。同性間なら……、たぶん、同衾どうきんだよ……」


 舞が右頬を指先で掻きながら言った。


「あ、そうなのね。……で、やっちゃったと」

「流石にまだそこまで行ってない。……あれだ、キス、接吻、口づけ」

「…………ふーん。朝っぱらからねえ」


 椋が呆れた様子で舞と心咲を交互に見た。


「し、仕方ないでしょ!? ファウストになりかかってたみたいだったし、何とか落ち着かせようって考えたらチューしか思い付かなかったんだよ!」


 舞が顔を一層赤くして反論した。


「ファウストって……、あのお面被ったピエロみたいな格好の心咲ちゃんの事でしょ? 何で今更?」


 椋が訝しげな表情になった。


「そう、そこなんだよ。それが私にもわからないんだ。三沢を倒して心咲関連の問題は全部終わったって思ってたんだけど……」


 舞はそう言って、心咲を見て話を促した。

 心咲は暫く舞と椋を交互に見て、


「その……今日、起きる直前までね、凄く嫌な夢を見たの」


 意を決して話し出した。



 いつからか、心咲は、闇の中を走っていた。

 何故走るのかは全くわからなかったが、何か嫌な、危ない物から逃げているのは何となく理解できた。

 やがて息が上がっていき、肺に激痛が走り始めた。

 立ち止まろうとしたが、体が言う事を聞かず、止まる事が出来なかった。

 やがて行く先に光が見え、そこに飛び込めば何かから逃げきれると思い、光の中に飛び込んだ。

 光の中に飛び込んだ瞬間、何か硬くも柔らかくもない物を貫くような鈍い音が響いた。

 光が晴れ、心咲の視界に飛び込んできたのは、


「がっ……」


 何者かの腕で鳩尾を貫かれた舞の姿があった。

 腕が引き抜かれ、舞がうつ伏せに倒れる。

 舞の鳩尾から、血が溢れ、足元を染めていった。

 悲鳴を上げながら目を覚ますと、自分の体がファウストへ変貌を始めていた。



「…………酷な事聞くようだけど、私を殺したのはどんな奴だった?」


 話を最後まで聞いた舞が静かに聞いた。心咲は暫く考え、


「……舞ちゃんと真逆みたいな感じだった……。黒いロングヘアーで、白いワンピースに黒い長ズボンで、刃が付いた銀色の長手袋とブーツ姿だった……」

「……そっか。……怖かったよね……」


 舞はそう言って、震え始めた心咲を後ろから抱きすくめた。椋も近付き、心咲の頭を撫でる。


「大丈夫、私は死なない。死ぬまで戦うような無茶はしないよ。大丈夫」


 舞は心咲の耳元で囁いた。


「……まあ、何だ。あれだよね。恋人が死ぬの見るのは怖いよね」


 椋が辛そうに言った。


「ありがとう……。でも、こうしてもらっても不安だよ……。昨日もさ、真夜中まで帰ってこれなかったじゃない……? 嫌な事が起こりそうで……」


 心咲が不安を吐露した。


「……うん、そうだね……。でもあれは、勝てる確信があったからさ……、無茶じゃなかったんだよ」


 舞はそう言いながら、目を瞑り、俯く。

 二人に気付かれないように、口の端を結んだ。

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