君を守るために

「ま、とりあえず、気晴らしにゲームでもしようか」


 自分の部屋に向かいながら、舞が重い空気を振り払うかのように言った。


「ゲームやるのね舞ちゃん……」

「そりゃあ、楽しいし。料理と掃除勉強一辺倒じゃなくて、ゲームとかでもやんなきゃさ、ずっと張り詰めっぱなしだよ」


 むくが意外そうに言ったのを聞いて、舞が苦笑した。


「でも舞ちゃん、すっごくへたっぴなんだよー?」

「いや、心咲みさきが強過ぎてそう見えるだけだよ。……たぶん」


 舞がそう言った時だった。

 三人がそれぞれポケットに入れていたスマートフォンが振動しながら不気味な音声――現在地の近くでビーストが出現した事を知らせる音を流した。


「……このタイミングで?」


 舞が少し嫌そうに呟き、スマートフォンを取り出す。ちらりと見ると、心咲と椋もスマートフォンを取り出していた。

 通知された情報の内容は、このような物だった。


市ヶ目いちがめ市符号町東四丁目にビーストが一体出現しました。外見から、ネズミビーストの可能性が高いです。付近の住民の皆様は家の全ての鍵を閉め、ビーストが駆除されるまで絶対に外出をしないでください』


「符号町……こっから十五分のとこか」


 舞がそう言って振り向くと、


「ね、ネズミ……」


 心咲が目を見開き、過呼吸になりかけていた。

 舞はすぐに心咲をその場に座らせ、自分も屈むと、頭を撫で、ゆっくり呼吸するように促した。

 少しの間そうして、心咲の呼吸は正常になった。


「大丈夫?」

「……うん」

「よし、じゃあ、行ってすぐ戻ってくるから、椋とゲームやってて、ね?」

「わかった」


 心咲の頭を撫で、舞は立ち上がった。


「そういう事だから、椋、心咲の事頼んだよ」

「あ、うん……」


 椋は何か言おうとしたが、舞はそれを見ずに階下に駆けていった。



「……何かさ……」


 舞の足音が聞こえなくなってから、椋が口を開いた。


「舞ちゃんさ……無理してるよね」

「…………やっぱりそう思う?」

「うん……。何て言うかさ……言葉で表現出来ないけどさ……、とにかく無理してるな、ってさ。あのままじゃ、すぐに限界が来そうでさ……」


 少なくとも椋には、舞の背中がまるでひしゃげているように見えていた。

 


 舞が符号町東四丁目の入り口に到着した頃には、既に凄惨な光景が広がっていた。

 道路の左右にある住宅の玄関のドアや窓ガラスを粉砕しては、侵入を始めていた。


「…………だからさあ……、自分の細胞撒き散らしてクローン増やすの止めてくれよ……。一体だけでも大抵強いだろお前……」


 激発寸前の声色で舞が言って、住宅街に入った。

 外にいたネズミビーストが反応して、即座に舞を捕捉する。

 舞はそれを見て、シャツの中から『エボルペンダント』を取り出した。


「お前達が出ると、私の恋人が過呼吸になるんだよ。いつも苦しそうなんだよ……。だからさ」


 真っ先に飛び掛かろうと走り出したネズミビーストを視界の中心に捉え、声を震わせて独りごち、


「とっとと潰してやる! ……変身!」


 全てのネズミビーストに向けて、怒声を浴びせた。

 桃色と白のオーラが舞を包み込み、同時に爆風が発生して飛び掛かってきたネズミビーストを吹き飛ばした。


――Intellect and Wild!――


 奇妙な低い音声が『エボルペンダント』から鳴り響き、オーラが消滅する。現れた舞は、赤と黒、刃が付いた黒い長手袋とブーツの攻撃的な姿に変わっていた。


「とりあえず……いつも通りに」


 舞はそう言うと、吹き飛ばされて倒れたままのネズミビーストに駆け寄り、心臓を右手で抉り、頭部を左手で握り潰した。ネズミビーストが黒いゲル状の物質に変化したのを見て、ゆっくりと姿勢を正す。


「……次」


 舞はそう言うと、手近なネズミビーストに向かって駆け出した。

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