第二十二話 家族

再発

 ある土曜日の朝だった。

 前日の夜、夕食後に出現したサイビーストに苦戦した舞は、曜日を跨いで戦い続け、深夜三時頃に帰宅した。

 それでも舞はいつもの時間に起き出し、欠伸をしながらリビングに入り、キッチンに向かった。


「……いっ、たたた……。元はプロレスラーだったのかな、あのビースト……」


 舞が腰を擦りながらぼやいた。


「朝ご飯、ベーコンエッグでいいかな……。」


 眠そうに目を擦りながら独りごち、冷蔵庫を開けようとしたその時だった。

 二階から、心咲みさきの悲鳴が聞こえてきた。


「心咲っ!?」


 即座に振り返り、全速力で二階に向かい、心咲の部屋のドアを勢いよく開ける。

 部屋の中央に心咲が蹲っていた。その服装が、パジャマと道化師を彷彿とさせる衣装とを目まぐるしく変化していた。

 心咲が顔を上げると、半透明の道化師を彷彿とさせる仮面を被っていた。仮面の下に透けて見える顔は涙がとめどなく流れ、恐怖の表情が張り付いていた。


「み、心咲!?」


 舞は心咲に駆け寄ると、心咲の背中に片手を置いて側にしゃがんだ。


「大丈夫!? 大丈夫!?」


 舞の呼び掛けに、心咲の口元が動いた。


 ――助けて、と動いた。


「っ……!」


 舞は逡巡してから、心咲の唇に口づけをした。

 心咲が目を見開いたのを見て、舞が穏やかな目線を向ける。

 暫くの間、時々息を吸いながら口づけを続けた。

 やがて、心咲の顔を覆っていた仮面が薄れていき、消滅した。服装も、パジャマのまま変化しなくなった。

 それを見て、舞は唇を離した。


「…………よかった、落ち着いたみたいだね」


 そう言って、舞は微笑んだ。


「…………な、なななななな、な、何で!? え、え、え!?」


 心咲は、遅れて混乱に陥った。


「いや、落ち着いてもらうためにやったんだけど?」

「え? ……え?」

「えっとね、私、研究所で体弄られてた時さ、時々化け物の姿になって暴れまくったのね。体が言う事を聞かなくて、もういいやってなった時に、その時よくしてくれてた人が抱き締めて落ち着かせてくれたんだ」


 舞が昔を思い出しているかのように言った。


「う……うん?」

「で、まあ、キスをして落ち着かせた、と」

「そ……それってさ、ハグでもよかったんじゃあ……?」

「…………」


 舞の顔が首から額に向かって急激に赤くなっていった。


「で、でもほら、は、ハグより落ち着いたでしょ?」

「……一回舌入れようとしてきて余計混乱しかけたんだけど……? ……嬉しかったけど」


 心咲が控えめに反論したのを見て、舞が満面の笑みを浮かべた。

 顔を林檎より赤くして、心咲を押し倒す形でその場に倒れた。

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