大混乱
舞達三人とミチルは、始業式に出るために、自分達のクラスメートと並んで体育館に入場した。
体育館に並び床に座った舞は暫く黙っていたが、
「…………ん?」
唐突に訝しげな表情になった。
「どうしたの? 喋るなんて珍しいけど」
不思議に思った
「いや……何か、先生達がやけにバタバタしてるなって」
舞は振り向かずに小声で答えた。
舞は暫く慌ただしく動いている教師達を見つめて、
「……あ、もしかしてあの蠍みたいな先生がいないからかな?」
「え、さ、サソリ? …………もしかして、教頭先生?」
「ああ、あの人、教頭先生だったの。そう……」
舞の答えを聞いて、心咲は何とも言えない表情になった。
「あ、後伝ご――」
舞は振り向きながらそう言いかけて、
「……何て顔してんのさ」
何とも言えない表情の心咲を見た。
「いや、だって……ねえ?」
「……ま、いっか。んで、
「う、うん……?」
訝しげに返事をして、心咲は振り向いた。後ろで座っていたミチルに舞からの伝言を伝えると、ミチルは真剣な表情で頷き、ミチルに礼を言った。
その時、始業式が始まった。
職員用男子便所の個室に閉じ籠った教頭は、洋式トイレの便器に向かって何度も咳き込み、胃の中の物を全て吐き出した。
「はあ、はあ、はあ、はあ……、何でだ……腹減ってるのに……」
そう言った教頭から、湯気が立ち上ぼり始めた。
教頭は再び咳き込むと、胃液を吐き出した。便器にぶちまけられた胃の中身だったモノに胃液がかかった。
胃液がかかった胃の中身だったモノを見て、教頭は目を見開いた。
「昨日俺は、何、食ったんだ?」
胃の中身だったモノの中に、教頭がよく知っている婦人服の切れ端と、水色の宝石のネックレスがあった。
教頭の妻の、
お気に入りの服とネックレスだった。
教頭の悲鳴がトイレと廊下に響いたが、それを聞いた者はいなかった。
直後、男子便所の入り口のドアのガラスに、細かな皹が入った。
この後の予定が告げられ、間もなく始業式が終了する事となった、その時だった。
女子生徒の悲鳴が体育館に響いた。
たまたま後ろを向いていた女子生徒が見たのは、体育館の入り口に立つ異形の怪人の姿だった。
全身は赤紫色かつ甲殻類のような質感で、両手は鋏のようになっている。尻から先端が鋭く尖った尾が生え、うねっていた。
体育館にいた全員が見始めるよりも早く振り向き、怪人の存在を確認した舞とミチルは、立ち上がらずに各々行動を始めた。
「心咲、
舞が少し早口になって心咲と椋に小声で言った。
心咲と椋は何度か頷くと、腰を屈めた状態で体育館裏側の出口に向かった。
「これでせめて時間は……」
舞が片足立ちになって周囲を見渡すと、既に周囲が大混乱に陥り始めていた。教師達も混乱している様子で、避難すらままならない状態と化していた。同時に行動を始めたはずのミチルの姿が見えなくなっていた。
「…………これ、ヤバイかも」
舞はそう言うと、盛大に咳き込んだ。
ミチルは体育倉庫に転がり込むと、体育倉庫の扉を半分閉めた。
「今日仕事用の忘れてきちゃったのに……!」
ミチルは急いでスカートの左ポケットからプライベート用のスマートフォンを取り出すと、電話帳のアプリを開き、ミリヤに電話をかけた。
電話に出たミリヤから醸し出される雰囲気は、どこか苛立たしげだった。
『ミチル隊員? 今勤務中――』
「すいません仕事用のケータイが家なんです!
ミチルは謝りつつ、早口で現状を簡潔に伝えた。
『あ、ごめんなさいそっちね。大丈夫、既に向かわせているわ。スローレイダー隊到着まで応戦をお願い』
「了解! すいません切ります!」
ミチルはそう言って電話を切ると、スカートの左ポケットにスマートフォンを落とし込みつつスカートの右ポケットから『エボルブレスレット』を取り出し、右腕に巻いた。
「新学期早々に出番だよ!」
『……ミチル、暗い所に置きすぎ。ちょっと充電が足りないかも』
「ええっ!? 勘弁してよ、十秒だけ高速移動可能とかないんだよ!?」
ミチルはそう言うと、『エボルブレスレット』の蒼い宝石に指を触れた。
『えっちょっ、こ、ここで変身するの!?』
「秘密にしろって言ったのはあっちだし……。後で謝るよ。チェンジマイソウル!」
そう言った瞬間、ミチルの体が蒼白いオーラに包まれ、衝撃波が発生した。体育倉庫に置いてあった全ての備品がミチルを中心に滅茶苦茶に吹っ飛んだ。
『知ーらないっと……。Change Your Body!』
エボルブレスレットから呆れた様子の音声が流れ、ミチルを包み込んでいたオーラが消失した。オーラの中から現れたミチルは、フードがないローブを着込み、黒い指ぬきグローブを身に付け、白いズボンを履き、茶色いブーツを穿いていた。
「急がないと……!」
体育倉庫の外から聞こえてくる騒音を聞いたミチルが言った。
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