砲弾
「ちょっ、通れない!?」
体育倉庫の扉を開けたミチルは、目の前に広がる光景を見て驚いた。
怪人から出来る限り離れようと、生徒と教師がごちゃ混ぜになってステージ側に逃げ、分厚い壁になっていた。
「ああもう!」
ミチルは苛立ちながら言うと、体育倉庫からステージに繋がる通路を通ってステージに出たが、
「こっちも!?」
一部の生徒がステージまで上がり、ステージも人で溢れ返っていた。
『これはマズイね……』
「私の魔法ってレーザーとかミサイルとかばっかりだから下手にぶっぱなせないし……てか体育館崩れる」
『その前に肝心のビーストに近付く事すら出来ないじゃないの』
「だから今考えてるって!」
ミチルは『エボルブレスレット』と口論を続けながら打開策を考え始めていた。
「…………」
ステージ側に逃げた生徒と教師の波に巻き込まれた舞は、唐突に屈んだ。
舞は限界まで膝を曲げると、
「ふっ!」
全力で跳び上がり、
「――っと」
体育館の天井を支える柱に左腕を絡めた。
舞は空いている右手で胸元を探り、『エボルペンダント』を取り出した。蒼い宝石を親指と人指し指で挟む。
「折れないでよね……」
そう言うと、舞は左腕に力を込めて体を振り始めた。勢いがつき、前方に飛び出す形になった瞬間、舞は柱から左腕を離した。体が振られた勢いに乗って、舞は前方に飛び出した。
「変身」
舞が静かに言った直後、その全身が桃色と白のオーラに包み込まれ、同時に爆風が発生した。爆風に煽られ、人で出来た分厚い壁が一瞬で黙った。
――Intellect and Wild!――
低い奇妙な音声が『エボルペンダント』から流れ、同時に舞を包み込んでいたオーラが消失した。オーラの中から現れた舞は、紅い髪に真っ赤な目、やや丈が短い赤いワンピースを着て、黒い刃が付いた装甲のようになっている黒い長手袋を身に付け、黒いズボンを履き、黒い刃が付いた黒いブーツを穿いていた。
舞はそのまま放物線を描いて、怪人に向かって落下し、そのまま怪人を蹴り飛ばして着地した。
「ふー……」
舞は息を一つ吐くと、
「体育館裏側の出口から逃げろ!」
振り返らずに大声で言った。舞の声は、体育館中に響き渡った。
無理矢理大声を出したために、舞は盛大に咳き込んだ。
「……ざで……サソリビーストとかかなこれ?」
咳き込んで出た涙を左手の人指し指で拭いながら、舞が言った。
怪人――サソリビーストはゆっくりと立ち上がると、尾を持ち上げ、舞に向けた。
針のように尖った先端が円形に開き、砲口を形作った。
直後、砲口が橙色に光始め、光弾が舞に向かって発射された。
「っ!?」
舞は表情を強張らせると、両腕を腰だめに構え、素早く前方に伸ばした。
――Circle shield!――
同時に奇妙な低い音声が『エボルペンダント』から流れ、舞の両手の間に揺れる水面のような青い光の壁が展開された。
舞は光の壁で光弾を防いだ。光弾は爆発し、舞の視界を爆炎が遮った。
「っ、ふっ!」
舞は爆炎の中迫るものを見つけ、光の壁を消して跳び上がった。
直後、寸前まで舞がいた空間を赤紫色の鋏が切り裂いた。
爆炎が晴れて姿を現したのは、右腕を外側に振り切ったサソリビーストだった。
「しっ!」
舞はサソリビーストの真後ろに降り立つと、床スレスレの足払いをかけた。サソリビーストが盛大に転ぶ。
「迷惑だから……外でやれ!」
舞は立ち上がり、およそ少女らしからぬ低い声で唸るように言った。サソリビーストの両足を両手で掴むと、振り向きざまに正面の出入り口目掛けて投げ飛ばした。力任せだった。
「うっわ、どういう……?」
ステージの袖から舞がサソリビーストを投げ飛ばす一部始終を見たミチルが、呆然と呟いた。
『上から降ってきたねえ。あれでパニックを鎮める気だったんだろうね。で、今回は成功したと』
『エボルブレスレット』が冷静に言った。
「うん。というかあれ見せられたら『空を飛ぶ』を却下したのは撤回でいいんだよね?」
『…………知らないよ?』
「うん、結果がどう出るかはまだわからないよ?」
『そういう事じゃなくて……! ああもう、行くよ準備して!』
「了解!」
『Flight!』
『エボルブレスレット』が宣言した瞬間、ミチルの体がほんの少しだけ浮かび上がった。
「行ける……!」
ミチルは噛み締めるように言うと、足を踏み込んだ。
ミチルは床スレスレを滑るように飛び、ステージに飛び出した。ステージに避難していた生徒がどよめく。
「ごめんなさい動かないでねー! こっち仕事中! ごめんなさいねー!」
ミチルはそう言いながら、凄まじい速さで飛翔を始めた。
ステージの生徒の頭の上を越え、生徒と教師の壁を越え、体育館の正面の出入り口を滑り込むように通り、外に出た。
「ってうおおおおおおおお!?」
ミチルが出た場所は、舞とサソリビーストの間だった。丁度、サソリビーストが光弾を発射した瞬間だった。
ミチルは全速力で舞とサソリビーストの間を通り抜けると、上空へ飛翔し急制動をかけ、『ディバイドロッド』を右手に呼び出し、左から右へ振り抜いた。その軌跡に沿って、小型の魔方陣が五つ展開される。
『Spider missile!』
『エボルブレスレット』から音声が流れ、魔方陣から円筒形の小型ミサイルが発射された。ミサイルはサソリビースト目掛けて進み、命中して爆発した。
「……駄目だ、コレ全然効いてない」
ミチルが愕然としながら言った直後、煙が晴れた。煙の中から、無傷のサソリビーストが姿を現した。
「ちょいとー! コイツ何か
舞大声でミチルに言ったが、最後まで言えず、盛大に咳き込んだ。
それを見たサソリビーストが、砲口のようになった尾から光弾を放った。
「シュッ!」
舞は鋭く息を吐きながら右腕を素早く振り、光弾を腕の刃で叩き落とした。光弾は舞の足元の地面で爆発した。その隙に舞は飛び退き、ミチルの右下まで下がった。
ミチルが着地するのを見て、舞は青い光の壁を展開してから話を始める。
「ふー、で……、関節とかの装甲の隙間みたいな部分は余計堅い。『装甲と装甲の隙間を』ー、何て無理。情報源、私」
そう言った舞の左腕の刃は、ほんの少し欠けていた。
「え、それどうするの!?」
舞の左腕を見て、ミチルが驚愕の表情を浮かべた。
「んー、ビームは高熱だよね?」
「あ、うん……」
「じゃ、それが効いたら万々歳。私は、駄目な場合のための新技今から考えっから、そのつもりで」
舞の提案に、ミチルは渋々頷いた。舞は頷き返すと、サソリビーストに向かって走り出した。
サソリビーストに駆け寄った舞は、掴みかかり、巴投げを繰り出した。
舞が徒手空拳で戦う合間に、ミチルが極太の光線を杖の先端から放ち、攻撃を加え続ける。
「ふっ、はっ!」
――Λ slusher!――
舞がエネルギーを溜めた両腕をそれぞれΛの軌跡を描くように斜め下に振り下ろし、光刃を放った。光刃は凄まじい速度で飛び、それまで執拗に狙い続けていた両手の鋏を手首の位置で切断した。サソリビーストが悲鳴を上げる。
「今!」
舞はそう言いながら、ミチルの後方まで大きく飛び退いた。ミチルは、『ディバイドロッド』と右腕で大きく円を描き、魔方陣を展開した。
「ウルティメイト……」
ミチルが『ディバイドロッド』を引き絞った瞬間、魔方陣がその中心に向かって集束した。
「パニッシャー!!」
『Ultimate punisher!』
ミチルは叫び、『ディバイドロッド』を突き出した。
『ディバイドロッド』の先端から、高密度かつ極太の光線が放たれた。光線はサソリビーストが避ける間もなく命中した。
「た、お、れ……ろおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ミチルは血を吐かんばかりに叫んだ。
サソリビーストの前面の装甲が溶け剥がれ、六つの砲口のような穴が出現した。
六つの穴から、光線の奔流の中でも消滅しない禍々しい光弾が放たれた。
「――――っ!?」
ミチルは慌てて光線の発射を中断すると、魔法障壁を展開した。後ろから舞が駆け寄り、青い光の壁を重ねがけした。
光弾が八方から迫り、障壁に激突して大爆発を起こした、その時だった。
爆炎の中から、V字かつ黄金色の矢が飛翔し、サソリビーストを縦に貫いた。
――Arrowray strom!――
『エボルペンダント』の奇妙な低い音声が遅れて流れ、直後、サソリビーストが縦に真っ二つに裂けて崩れ落ちた。サソリビーストの死骸がどす黒いゲル状の物体に変わった。
爆炎が晴れ、ミチルの前に立ち、右腕を伸ばし、左腕を胸に押し当てて構えた舞が現れた。
舞は、止めていた呼吸を再開した。
スローレイダー隊が到着したのは、その少し後だった。
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