本当は

 真夜中、心咲は帰宅した。


「…………」


 無言かつ無表情で玄関で靴を脱ぎ、リビングのドアを開けようと廊下を進んで、


 ガチャリ。


 と、リビングのドアが勝手に開いた。


「あ! 姉さん!」


 リビングのドアを開けたのは、今月十一歳になる、心咲の弟だった。


「お父さんお母さん、姉さん帰ってきたよ!」


 孝史はリビングの中に向かって言うと、心咲をリビングに招き入れた。

 リビングには心咲の父親と母親がいて、それぞれ笑顔で心咲を迎え入れた。


「おかえり」


 心咲の母親は優しく微笑み、


「おかえり、心咲」


 父親も優しく微笑んだ。


「……ただいま、お父さん、お母さん、孝史……」


 心咲はそう言うと、ポロポロと涙をこぼした。


「どうしたの?」


 母親はそう言って、心咲を抱き寄せた。


「とても、とても怖い夢を見たの。皆いなくなっちゃう夢……」


 心咲はそう言って、母親の胸に顔を埋めた。


「大丈夫よ、心咲」


 母親が心咲の頭を撫でながら言った。


「お父さん達がどこにも行く訳ないじゃないか」


 父親が少しだけ笑って言った。


「そうだよ、姉さん」


 弟――孝史は、笑顔になって言った。


「…………そうだよね、いなくなる訳ないよね。私、こんなに素敵な家族に囲まれていたんだね」


 心咲は、表情を綻ばせた。



 心咲は、夕食を食べながら、談笑していた。


「でね、舞ちゃん、いつも頑張ってて、素敵なんだ……」


 心咲は、うっとりとして言った。


「すごいね、誰かのために頑張れる人って」


 孝史が目を輝かせて言った。


「うん、今度紹介するよ。……あれ」


 心咲は俯いて、


「『舞ちゃん』って、誰だっけ……」


 あり得ない言葉を口にして、心咲は、はっと我に返った。

 すると、テーブルについていたはずの家族がいなくなり、家の中が瞬時に閑散とした。


「嘘……何、これ……お父さんは……? お母さんは……? 孝史は……? どこよ、皆どこいっちゃったのよ!」


 心咲は取り乱し、叫んだ。


「どこいっちゃったのよ……」


 心咲は呟いて、周囲を見渡した。

 隣接した部屋にある姿見に、自分の姿が映っていて、心咲は立ち上がって姿見の前に向かった。


 心咲は姿見の前に立って無表情の自分の姿を見た。

 姿見の鏡が波打ち、心咲の姿が変わった。

 三本の角が伸びた銀色の仮面を被り、ピエロを彷彿とさせるドレスを着こなした少女の姿に変わった。


「っ!?」


 心咲は息を飲み、後ずさった。

 少女が鏡の中から出てきて、無言で心咲に歩み寄った。


「こっ、来ないで……!」


 心咲は後ずさると、その脳裏にある出来事が浮かんだ。


 

 舞がザ・ワンを倒したその夜、心咲は家族全員で峠にドライブに行った。夜中のドライブで、少々浮かれていた。


 すると突然、父親が急ブレーキをかけて車を止めた。

 何事か確認する前に、目の前に立つ、鼠の皮を剥いで、牙と爪を肥大化させて人間大の大きさにしたようなバケモノが車のヘッドライトに照らされているのを目の当たりにした。


 父親が車をバックさせて逃げようとするよりも速くバケモノは車に駆け寄ると、車のエンジンを破壊した。

 それを見た父親が、車を降りて逃げろと叫んだ。

 心咲はそれに従い、逃げようと車から出た。


 バケモノはそれに目もくれずに車のエンジンを完全に破壊し、車を爆破して後部座席に乗っていた母親と孝史を焼き殺した。


 バケモノを取り抑えようとした父親も、目の前でバケモノにバラバラに引きちぎられた。


 心咲が腰を抜かしてその場にへたり込む中、大型の銃を持って黒服の男性が後ろから走ってきた。

 心咲が男性にすがり付くと、男性は心咲を下がらせて、銃をバケモノに向けて構えて振り返り、心咲に銃を撃った。

 映像は、そこで途絶えた。



 心咲は絶叫して、頭を抱えてその場に座り込んだ。


『思い出したか?』


 少女が心咲に言った。声は歪み、男性のような声になっていた。


『お前はもう死んでいる。ただの脱け殻、操り人形だ』

「…………にん、ぎょう……」

『お前が慕う真野舞まのまいは、お前が人形になっている事すらわからずに、ただただ無為な毎日をお前と過ごしていたのだ』

「…………」

『悔しくないのか?』

 「…………くや、しい…………」

『ならば、私と完全に一つとなり、真野舞を闇に沈め、殺すのだ』


 少女はそう言うと、心咲に歩み寄って、心咲の体に溶け込んだ。

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