ハイビスカス

 市ヶ目いちがめ総合病院に、女性が駆け込んできた。

 女性が言うには、全身が焼けるように熱く、熱は四十三度もあると言った。

 受け付けの看護師の女性が驚き、慌ててストレッチャーと医師の手配をしようとした、その時だった。


 女性が苦しみ出し、その全身から蒸気が吹き出した。蒸気が晴れ、その中から、体に植物の蔓を巻き付け、顔面に、顔を覆い隠す程大きく禍々しい、ハイビスカスのような花を咲かせた異形の姿に変貌した。


 受け付けのロビーに、悲鳴が充満した。



「んなっ、ここに出るの!?」


 401号室に残っていた舞は、驚きながら立ち上がった。


「び、ビースト!?」


 椋が驚いて言った。


「ヤバイ、ロビーにいるみたい! 椋、避難するにしても正面の入り口からは絶対に避難しないで! 私、心咲を探してくる!」


 舞はそう言って、病室から走って出ていった。



 舞が人波に逆らってロビーに辿り着いた時には、ロビーの床の至る所に灰が撒き散らされ、その上から植物の蔓が蔓延り、植物園のようになっていた。

 ロビーの中央に、禍々しいハイビスカスのような花を顔面に咲かせた怪人が佇んでいた。


「植物型のビーストもいるのか……。ハイビスカスビースト、かな」


 舞はそう呟くと、胸元から『エボルペンダント』を取り出した。

 それと同時に、ハイビスカスビーストの側に闇が充満し、その中から、三本の角が伸びた銀色の仮面を被った、どこかピエロを彷彿とさせるドレスを着こなした少女――ファウストが現れた。


「……またか」

『ククククク、今度こそ死ね……!』

「今度こそ倒す。……変身」


 舞が『エボルペンダント』の蒼い宝石に触れながら、はっきりと言った。直後、舞の体を桃色と白のオーラが包み込み、同時に爆風がロビーを駆け抜けた。ファウストは、ハイビスカスビーストを盾にして爆風を逃れた。


『Intellect and Wild!』


 奇妙な低い声が鳴り、舞を包むオーラが消えた。その中から、赤と黒を基調とした姿の舞が現れた。


『ハアァッ!』


 ファウストの全身から禍々しい赤い光線が放たれ、ロビーをダークフィールドが包んだ。



「えっ、ちょ、ええっ!?」


 こっそり様子を見に来ていた椋は、ダークフィールドに巻き込まれた。



 舞と組み合っていたハイビスカスビーストが金切り声を上げ、突然黄色い花粉を吹き出した。


「がああぁっ!?」


 舞は花粉を吸い込み、慌てて飛び退いた。


「がはっ、ごほっ、げっ、う、ぐえっ……!」

『苦しむ暇はないぞ!!』

「ぐあっ!?」


 舞が苦しむ間もなく、ファウストは舞の腹に蹴りを入れて吹っ飛ばした。


「ぐあっ、がっ……」


 ファウストは、呼吸困難に陥った舞を何度も蹴り飛ばした。

 舞は何とか転がって蹴りを回避すると、ふらつきながら立ち上がった。


『これで止めだ……!』


 ファウストが両手を突き出そうとした、その時だった。


「舞ちゃんっ!!」


 ダークフィールドに巻き込まれていた椋が、舞の後ろから叫んだ。


「…………椋!」


 舞は振り返って、目を見開いた。


ファウストは両腕を突き出して両手を組み、赤紫色の禍々しい光線を放った。

 舞は、それを右腕で受け止めた。


『何……!?』

「はああああ……!」


 舞は赤紫色の禍々しい光線を徐々に澄んだ水色の光に変換していき、


「フッ、ハアァッ!!」

『Spell reflect!』


 球状に纏め、ファウストに向けて放った。


『ぐおおおおお!?』


 光線を投げ返されたファウストは、水色の光弾を浴びて吹き飛ばされた。

 それによって火花が散り、超高熱を帯びた花粉に引火し、大爆発を起こした。


「ヤバっ!?」「えっ……!?」『うおおっ!?』


 舞は椋に慌てて駆け寄り、庇いながら伏せた。

 ファウストは、爆発に巻き込まれる寸前に闇の中に消えた。

 ハイビスカスビーストは大爆発に巻き込まれ、木端微塵と化した。



「けほっ、けほっ。うう……椋、大丈夫?」


 舞が身を起こすと、ダークフィールドは消滅し、蔓延っていた蔓も消滅していた。


「う、うん、大丈夫。舞ちゃんこそ、背中大丈夫……?」

「ん? 大丈夫大丈夫。こう見えてね、結構丈夫なんだよこの服」


 舞はそう言うと、軽く埃を払って変身を解いた。


「そ、それでさ、た、建物崩れたりなんて、ないよね……?」

「ん? たぶん大丈夫だよ、爆発はダークフィールド……今いる場所とは別の空間で起こった事になってるはずだから」


 舞は、軽く肩をすくめて言った。


「そ、そっか。なら、心咲ちゃん探そう。たぶん心配してるだろうから」

「そうだね」



 数十分後、心咲は公衆電話の前で倒れているのが発見された。胸に打撲したような痕があり、入院期間が少し伸びる事となった。



 その夜。

 

「じゃあ、そろそろ私も帰るね」


 ギリギリまで病室に残って心咲と話していた舞は、帰るべく立ち上がった。

 すると、心咲が舞の服の袖を軽く引っ張った。


「…………ん?」


 舞が振り向くと、心咲はゆっくりと顔を上げて、


「…………キスして」


 上目遣いになり、瞳を潤ませて言った。


「…………は? へ?」


 舞は、キョトンとして言った。


「お願い……キスして。……何だか不安なの。このまま、もう、会えなくなっちゃうんじゃないかって」

「…………心咲……。わかった。じゃあ、私の初めてを」


 舞はそう言うと、優しく唇を重ねた。

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