第八話 心咲の受難

電話

 舞は、市ヶ目いちがめ総合病院の廊下を人にぶつからないように気を付けながら急いで走り、


「心咲っ!!」


 大声を出しながら、401号室の扉を勢い良く開けた。

 心咲は診察衣を着て、病室のベッドにいた。上体を起こしていた。すぐ側には椋がいて、驚いた様子で舞を見ていた。


「あっ、舞ちゃん……」


 心咲は舞を見ると、安心しきった表情になって、次いで微笑んだ。

 舞は病室の扉を静かに閉めると、ベッドの側まで歩き、側にあった椅子に座った。


「どうしたの、雑木林で倒れてた、だなんて……。怪我は?どこか痛まない?」

「うん、大丈夫だよ、ちょっと、どこかで胸を切って火傷した位――」

「大丈夫じゃないよ、ちょっと見せて」


 舞が心咲の診察衣をはだけると、胸には包帯が巻かれていた。


「……舞ちゃん、ちょっと落ち着きなよ。病院にいる時点で怪我の手当て位されてるでしょ。そりゃ、私も心咲ちゃんが倒れてたって聞いて驚いたけどさ」


 椋が、舞を宥めるように言った。


「そ、そっか、そうだよね。……ごめん、気が動転してたみたい」


 舞はそう言って、はだけた診察衣をそっと元に戻した。


「……それで心咲ちゃん、雑木林で倒れてただなんて、何があったの?」

「あ、椋、ちょっと待って。その雑木林って、どこの?」


 舞の問いに、椋は眉を少しだけ寄せて言う。


「……昨日、舞ちゃんがゴキブリビーストが出たからって向かった、『アニバーサリー市ヶ目』の近くの雑木林だよ」

「ちょっ、何でそんな所行ったの!? あれ程絶対に外出するなって言ったのに……!」


 舞は、目を剥いて言った。


「それがね……私、何も覚えてないの」


 心咲は俯いて言って、


「ただ、とても怖い思いをした気がして……気付いたら皆が言うような雑木林を歩いてて、怖くて……怖くて……」


 顔を覆って泣き始めた。 


「だ、大丈夫。もう助かったんだから。私も来たし、ね?」


 舞は心咲の背中をさすりながら言った。


「…………うん」


 心咲は、すすり泣きながら頷いた。


「とりあえず、今日は私達が一緒にいるよ。もう親には連絡しといたし」


 椋は右手の親指と小指を立てて手を軽く振った。


「あっ……、そうだ、私まだお母さん達に連絡入れてない! ごめん、今ケータイ持ってないから、ちょっと行ってくる」


 心咲はそう言うと、ベッドから降りて、パタパタと駆けていった。


「あっ、ちょっと! ……ここでかければいいのに」


 椋は、心咲に言いそびれた。



 心咲は、公衆電話を使って、自宅に電話をかけていた。


「もしもし、お母さん?」


 ツー、ツー、ツー。


「そう、私。あのさ、今病院にいて、ちょっと今日は帰れそうにないの」


 ツー、ツー、ツー。


「……うん。ごめんね。……えっ、本当? 嬉しいなあ、わかった、頑張って治すね」


 ツ――――――――――――――――――――――。


 心咲は、受話器を戻した。

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