亜空間
「変身」
舞は、静かに、しかしはっきりと言った。
舞の体を桃色と白が入り交じったオーラが包み込み、同時に爆風が発生、拡散し、迫り来るゴキブリビースト三体とファウストを吹き飛ばした。
『Intellect and Wild!』
男声のような低い音声と共にオーラが消滅し、その中から、赤と黒を基調とした姿の舞が現れた。
舞は、大型ショッピングモールの『アニバーサリー
「街中に堂々と出てきて……いや、不幸な人が三人いたってだけか……」
舞は、虚しそうに言った。
『フフフフフ、今度こそ闇に沈めてやる……ハアァァ!』
ファウストが両手を広げると、全身から禍々しい光の柱が立ち上ぼり、天井を突き破って『アニバーサリー市ヶ目』全体に降り注ぎ、『ダークフィールド』が形成され始めた。
「っ!? まさか……!」
『ククククク、お前が巻き込みたくないと思っている人間を巻き込んでやるのさ』
「っ……!」
舞が小さく舌打ちした瞬間、禍々しい光が『アニバーサリー市ヶ目』を完全に包み込み、世界から消えた。
「これは……どういう事だ」
エドは、目の前の光景に驚愕していた。
目の前にあるはずの『アニバーサリー市ヶ目』が、そこだけ抉り取られたかのように消失していた。
「こ、これは……!?」
石堀が右腕の小型測定器を見て驚愕した。
「石堀さん、どうしたんですか?」
「『アニバーサリー市ヶ目』があるはずの場所だけ、位相が変化しているみたいなんです!」
「えっと……つ、つまり?」
「凄くわかりにくい言い方になるかもしれないんですけど、あそこだけ特殊な空間に包まれていて、俺達がいる空間とは同じ場所にありながら、別の場所にあるんです」
「そ、それって、俺達何も出来ないんじゃ……!?」
「隊長、こういう時の魔法だろ。……三橋、その顔、何か策があるんだろ?」
「あ、はい。……石堀さん、今『アニバーサリー市ヶ目』がある位相はこの場所からどんな風に別の場所になっているんですか?」
「……位相は無数の階層構造になっていて、『アニバーサリー市ヶ目』があるのはここより位相二つ分深い位相です。ですが、それがどうかしたんですか?」
「ありがとうございます、大丈夫、行けそうです」
ミチルはそう言うと、地面が抉れた場所まで歩み寄って、
「チェンジマイソウル!」
右手首の『エボルブレスレット』の蒼い宝石に触れて、魔装の『起動コード』を唱えた。直後、ミチルの体を蒼白いオーラが包み込み、同時に軽い衝撃波が発生した。
『Change Your Body !』
『エボルブレスレット』から音声が流れ、オーラが消滅する。オーラの中から、フードがない蒼白いローブに指ぬきグローブ、白いズボンに茶色いブーツ姿のミチルが姿を現した。
「…………」
ミチルは右手を伸ばし、目の前に壁があるように右手を立てた。目を閉じて、意識を集中し、
「……見えた! 繋がれ空間! 『ストライクフォーメーション』!」
『Strike formation !』
目を見開いて唱えたミチルの掌から、空間がじわじわと抉じ開けられ、赤茶けた大地と禍々しく変貌した『アニバーサリー市ヶ目』が見えた。
抉じ開けられた空間は、人一人が潜れる程広くなった。
「行けます! 急ぎましょう!」
ミチルは振り返って言った。
「空間の中は電波障害が起こっているようです! 探索は固まって行った方がよさそうです!」
石堀が小型測定器を見て言った。
「わかりました! 突入しましょう!」
エドがアサルトライフルを構え直して言った。
「せあっ!」
『くっ……!』
舞の右ミドルキックをファウストがギリギリで受け止め、腋に挟んで固定したが、
「しっ、たあっ!」
『ぐおぉっ!?』
舞はそれを支えにして飛び蹴りを放ち、ファウストはそれをマトモに食らい、三メートル程吹っ飛ばした。
「あぁっ!」
着地した瞬間を狙ってのしかかろうとしたゴキブリビーストを舞は転がって回避し、立ち上がり様にゴキブリビーストの左胸を背中から貫いて心臓を抉り出した。
それを見たもう一体のゴキブリビーストがいきり立って突っ込んできたが、
「ほいっ」
舞は眼前に心臓を放り投げてゴキブリビーストの目を奪い、その隙に地面スレスレのローキックを放って転ばせ、そのまま頭部を踏みつけて粉砕した。
直後、舞の後方から複数の悲鳴が聞こえてきた。
「しまった、最後の一体か!?」
舞は振り返って慌てて向かおうとしたが、
『お前の相手は私だ!』
ファウストが舞に組み付いてきた。
「くそっ!」
舞は自分とファウストの間に右足を差し込んで蹴り飛ばした。
その時、ワンピースの胸元を飾る蒼い宝石が心臓の鼓動のような音と共に赤く点滅を始めた。
「…………!」
『フハハハ、限界のようだな!』
ファウストは立ち上がると、勝ち誇ったように笑って、猛然と舞に襲いかかった。
「何なんだこの空間は……」
溝呂木が警戒しつつ周囲を見渡して言った。
亜空間の中は赤黒い空に見下ろされ、赤茶けた大地が広がっていた。
「まさに亜空間ね……」
翔子が顔をしかめて言った。
その時、『アニバーサリー市ヶ目』の中から悲鳴が聞こえてきた。
「っ、急ぎましょう!!」
ミチルの言葉を皮切りに、スローレイダー隊は『アニバーサリー市ヶ目』に向かって走り出した。
「ぐあっ…………」
舞は吹き飛ばされ、床を転がった。
『ハハハハハハ、もうすぐ地獄に行けるぞ!』
ファウストは高笑いしながら、悠然と歩き始めた。
その時、ファウストの右肩で何かが弾けた。
『…………?』
ファウストが右を見ると、そこには、
「真野さん、大丈夫!?」
ミチル達スローレイダー隊が、ミチルは白銀の杖である『ディバイドロッド』を、他はアサルトライフルを構えて立っていた。
「っ…………あっちでゴキブリビーストが暴れてる! 人がいる! コイツは私が食い止めるから、早く!」
舞は、ファウストの後方を指差して言った。
「わかった、お願い!」
ミチルが代表して言って、スローレイダー隊は走り出した。
『させるか――』
「私の相手は……お前なんだろう!?」
ファウストが両手を突き出そうとして、舞の両足でのドロップキックに遮られた。
『うおおっ!?』
「ふっ、はあっ!」
『Particle slush!』
舞は立ち上がって右手で左腕に触れると、右手で手刀を作り、素早くファウストに突き付けた。同時に右手から黄金色の小さな光刃が飛び、ファウストの胸に突き刺さっり、火花を散った。
『ぐおおおっ!?』
ファウストはのけ反り、たたらを踏んだ。
『ぐうう、お、おのれ……!』
ファウストは呻くように言って、自身の背後に展開した闇の中に消えていった。
「っ、はあ、はあ、はあ、はあ……」
それと同時に、舞は片膝をつき、息を荒く吐き始めた。
「『ストライクパニッシャー』!!」
『Strike punisher !!』
ミチルが放った『ストライクパニッシャー』は、ゴキブリビーストを消滅させた。
「…………倒せたけど…………」
ミチルが周囲を見渡すと、半数以上の人がゴキブリビーストに食い殺され、生き残った人々も怯えきっていた。
「…………負けたも同然、か」
エドが悔しそうに呟いた直後、空間が溶け、崩壊を始めた。
『アニバーサリー市ヶ目』の近くにある雑木林の中を、一人の少女が、心咲が歩いていた。
「ここ……どこ……ねえ、舞ちゃん、助けて……」
そう言った心咲の胸には、切り傷と痛々しい火傷が見えていた。
『お前は操り人形だ……お前はもう死んでいるのさ……わかっているんだろう?』
心咲の脳裏に、誰だかわからない男性の声が響いた。
心咲の絶叫が、雑木林に響いた。
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