決着

 二十代後半に見える、灰色のつなぎ姿の男性が、街の大通りの真ん中に立っていた。

 男性は、自分を避けて通ろうとした少女の頭を鷲掴みにして、一息に引き抜いた。


「早く来いよ、ネクスト……!」


 男性――ザ・ワンは、呻くように言うと、少女の頭にかじりつき、続けて、右目を舌で抉って飲み込んだ。



 心咲と椋が帰り、真野家にいるのは、家の主一人だけになった。

 キッチンで料理を始めようとガスの元栓を開けた舞は、


「……ああ、もう、タイミング悪い……!」


 愚痴を漏らしながらガスの元栓を閉めて、エプロンを脱ぎ捨て、首に『エボルペンダント』をかけているのを確認してから、駆け足で家を出た。


 車庫の一角を占拠している自転車の鍵を外し、自転車を車庫から出して跨がり、急いで出発した。一漕ぎ目で、最高速度に達していた。



 近くの駐輪場に自転車を停め、街の大通りに辿り着いた舞は、そこで起きた惨状を目の当たりにして、目を細めた。


 大通りが、熟れたトマトを投げ合う祭りでも行われたかのように、真っ赤に染まっていた。

 大勢の人が転がり、全員が絶命していた。頭がなくなっている死体もあった。


 血塗れの道の真ん中に、灰色のつなぎを赤黒く染め上げたザ・ワンがいた。


「よう、待ってたぜ」


 ザ・ワンは舞を見て、恋人を待っていたかのような声色で言った。


 舞はそれに答えず、溜め息をついた。


「あん? ……んだよ、もっと怒るモンだと思ったのに、つまらねぇな」

「別に。ただ、料理の邪魔された挙げ句、こんな『素敵』な状況を作ってくれたんだ。寧ろ、頭が冷えたよ。でも、だからこそ……」


 舞は、首にかけていた『エボルペンダント』を服の下から取り出して、ザ・ワンを真っ直ぐ見据えて、


「お前を、許さない!!」


 はっきりと言い放った。


 その瞬間、ザ・ワンが一瞬でトカゲと恐竜の中間のような異形の姿に変貌して、一瞬で間合いを詰めてきた。


 それと同時に、ドーム状の障壁が展開され、エボルペンダントが紅く光輝いた。

 ザ・ワンが障壁に阻まれ、爆風に吹き飛ばされた。


 爆風の中心にいた舞は、桃色と白が混じった炎のようなオーラに包まれていた。


『Intellect and Wild!』


 奇妙な音声と共にオーラが消えて現れた舞は、赤と黒を基調とした姿に変身していた。


『また、その姿かよおぉっ!!』


 ザ・ワンは吠えると、全速力で突進してきた。


「ふっ!」


 舞は、それと同時に駆け出し、ザ・ワンが跳び上がったのと同時に跳び、


「あぁっ!!」


 すれ違いざまに、右腕の刃でザ・ワンの右脇腹を切り裂いた。どす黒い血のような液体が吹き出した。


 舞は着地し、ザ・ワンは腹から地面に激突した。

 着地と同時に舞の右腕の刃に黄金色の光が生まれ、


「うっ……らあっ!!」

『Elbow slush!』


 ワンピースの胸元を飾る宝石が奇妙な声を発した。同時に右腕を振り、光刃を放った。

 光刃は凄まじい速さで宙を翔び、ザ・ワンの体を深々と切り裂いた。


「ガッアァアッ!?」


 ザ・ワンが悲鳴を上げながらのけ反ったのを見て、舞は猛然と飛び掛かり、ザ・ワンと絡まり合いながら地面を転がった。

 ザ・ワンから転がって離れた舞は、ザ・ワンと同時に立ち上がり、同時に走り出した。


「おおおおお!!」「ガアアアア!!」


 舞とザ・ワンは同時に雄叫びを上げ、すれ違った。


 一瞬の間を置いて、


「ぐっ……」


 舞が膝を突いた。左脇腹が、赤黒く染まり始める。


『ククク……』


 ザ・ワンは、舞を嘲笑い、振り返ろうとして、


「ゴボッ!?」


 突然吐血し、首筋からどす黒い鮮血らしき液体が吹き出した。


 舞のワンピースの胸元を飾る蒼い宝石が、心臓の鼓動のような音を立てながら、赤く点滅を始めた。


 ザ・ワンは崩れ落ち、それと入れ替わるようにして、舞が残りの力を全て使う勢いで立ち上がった。


『ぐ、ぐ、ぐぞ……!!』

「これで終わりだよ、ザ・ワン。……さようなら」


 舞はそう言うと、右腕の装甲状の長手袋の刃を黄金色に輝かせ、腰を深く落とした。


『Set and Down!』


 心臓の鼓動のような音を立て、赤く点滅を続ける宝石から、奇妙な低い音声が鳴り響いた。

 舞は一瞬だけ間を空けて、駆け出した。


 ふらつきながら立ち上がったザ・ワンの左肩に右腕を叩き込んだ。そのまま心臓がある位置まで強引にめり込ませ、左に九十度捻って、左脇腹を切り裂いて引き抜いた。


「ゴボッ……」


 ザ・ワンが吐いたどす黒い血のような液体が、舞の顔に少しかかった。


『こ、れで、勝った、と、思う、なよ……。お、でば、ごげば……!』


 ザ・ワンがそう言いかけた瞬間、ザ・ワンの体に異変が起きた。

 全身が徐々に青白く輝き始め、青白く輝く部分が全身に達すると、粒子状になって散らばっていった。


「ああ、そう……。何となくやろうとしてる事はわかった。なら……、全部とはいかなくても、せめて、『この街に出るお前』は倒すよ」


 舞は散らばる粒子を眺めながら呟くと、血塗れになっている場所を出た。変身を解いて、その場から、ゆっくりと歩いて立ち去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る