迷いへの考え

「ねえ、むっちゃん……」


 心咲が、隣を歩く椋に声をかけた。


「……ん?」


 椋が、心咲を見た。


「どう、思う? 舞ちゃん……エヌの事」


 心咲の問いに、椋は少しだけ俯いた。


「……わからない。舞ちゃんのフリしてたのは、許せないけどさ……」

「けど?」

「けど、舞ちゃんの願いを叶えて、今まで私達に付き合ってた訳だし……」

「どうして?」

「何が?」

「どうしてそこまで受け入れられるの?」

「…………よく、言われるよ。たぶん、私の悪い癖なのかもしれない」


 椋は、自嘲気味に、薄い笑みを浮かべた。



 その三日後。


「ただいま……」


 椋は沈んだ声で言って、ドアを閉めた。

 その足でリビングに向かうと、椋の父親が、ソファでくつろいでテレビを見ていた。


「お、おかえり」


 父親は振り向き、椋を見て言った。


「お父さん、帰ってたんだ」

「何だよ、人を珍しい生き物みたいに」

「だって、いつも出張ばかりじゃない」

「……それもそうか」


 父親は、苦笑して言った。

 椋は軽く肩をすくめ、それから父親から少し離れてソファに座った。


「…………あのさ、ちょっと聞きたい事あるんだけど、いい?」


 ややあって、椋が、恐る恐るといった様子で言った。


「ん?」

「あのさ、友達が、とんでもない嘘をついてたら、どうする?」

「何だよ急に? 友達と喧嘩でもしたのか?」

「んー……、違うけど、似たようなもの、かな」

「そうか……。そうだな、どんな嘘ついてたんだ?」

「えっと…………、自分が宇宙人だった、もうすぐ地球を離れないといけない、的な……いや、あくまで例え話だけどね」


 椋は、身振り手振りを加えながら言った。


「なんじゃそりゃ、少年宇宙人かよ」


 父親は軽く笑って、それから真剣な表情になった。

 暫く考えて、


「そう、だな……。何とかして、最後まで手を取り合えるように頑張る、かな」

「そんなに割りきれる物なの?」

「それは…………わからないけどさ。でも、それを告白した方は、こっちよりよっぽど怖い思いしてるだろ? だって、拒絶されるかもしれないんだ。だったらさ、俺は何が何でもわかり合いたい。俺は、行動理念がよくブレるけどさ、でも……これは曲げたくない」

「…………そっか」


 椋の瞳には、ある種の決意が宿っていた。



 翌朝。

 舞は、『エボルペンダント』を教科書やノート、筆記用具と共にリュックサックに押し込んで、家を出た。


「あ」


 玄関の前に、心咲と椋が立っていた。


「二人共、どうしたの? 私を迎えに来るなんてさ……」


 舞は、驚いた様子で言った。


「……あのさ。私達、この三日、二人で話し合って、親にもそれとなく聞いたんだ。『友達が、とんでもない嘘を隠していたら、どうすればいいのか』って」


 椋が、言いにくそうに口を開いた。


「私達の事、舞ちゃんのフリして騙してたのは、どうしても許せなかったよ」


 心咲が、辛そうな表情で言って、


「でもさ、あなたは舞ちゃんの願いを叶えるために、今、ここにいるんだよね。だからさ、とりあえずは、この事は保留する事にしたんだ」


 椋が、それを取り次いだ。


「心咲、椋……」

「だから、その……あれだ! とりあえず、学校行こう! 勉強、教えて欲しいし」


 椋が、舞の手を取った。


「…………うん、わかった。とりあえず、ザ・ワンを倒すまでは、私も、いつも通りに生活するよ」


 舞は、そっと微笑んだ。



 給食の時間。


「うーん、話聞いてみた感じだと、やっぱりあの化け物の話で持ちきりみたいだね」


 心咲が、給食のパンをちぎりながら言った。


「あー、確かにそうみたいだね。皆してあの化け物の事話してたよ。SNSであっという間にネットに拡散されてるみたい。デマだって言ってた人もいたけどね」


 椋が、シチューを食べる手を止めて言った。


「うーん……、あの『赤い髪の女の子』の事は?」


 舞が、自分の事を伏せて聞いた。


「いや、噂にすらなってなかったっぽいよ」


 椋が、即座に否定した。


「安心したけど何か残念な気分になるなあ……。ま、いっか」


 舞は苦笑して言った。

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