『エボルペンダント』
「うー、舞ちゃーん、これどうやって解くのー?」
心咲が呻くように言った。
「ああ、そこはね、上の式を①にして×2をして、下の式を②って×3をして、上引く下をするの。すると、yが消えるじゃない?」
舞はそう言いながら、心咲のノートに薄く文字を書いた。
「ん? ……ああ、わかった! 舞ちゃん、ありがと!」
「どういたしまして」
「うおーい、舞ちゃんよーい、これはなんなんすかー?」
椋がテキストの問題をシャープペンシルで指して言った。
「ああ、そこは『新人』だね。新しい人って書くの」
「ああー、そうだった。ありがと」
椋が礼を言った、その時だった。
ピンポーン。
「ん? 誰だ? とりあえず、ちょっと行ってくる」
舞はそう言うと、リビングに向かった。
リビングのインターホンを取って確認すると、宅急便だった。
舞は首を傾げ、玄関のドアを開けた。
「はーい……?」
「あ、真野さんですね。こちらにサインをお願いします」
そう言った男性の服装は、運送会社の制服だった。
「あの、宅急便を頼んではいないし、全く心当たりがないんですけど……?」
「いえ、でもこちらにしっかりとここの住所が記載されているのですが……」
「……あれ、本当だ。じゃあ、とりあえず受け取りますね。えっと、ここにサインすればいいんですね?」
舞はそう言うと、手早く自分の名前を書いた。
「……はい、ありがとうございます。それでは、こちらになりますね」
男性はそう言うと、舞に荷物を手渡した。
「……でさあ、舞ちゃんの事、どう思うよ?」
椋が声を潜めて言った。
「うーん……、やっぱり、舞ちゃんのお父さんとお母さんが亡くなる少し前から、何かが変わった気がする、うん」
心咲もヒソヒソと言った。
「ほうほう、やっぱり? どんな具合に?」
「うーん、顔つきも少し鋭くなった気がするんだけど……一番はやっぱり、纏う雰囲気かな」
「あー、確かにね。何ていうか、『狩りをしていない時の肉食獣とか猛禽類』みたいな雰囲気になったよね」
そこに、舞が宅配物を持って戻ってきた。
「だーれが『肉食獣とか猛禽類』ですか」
舞は、呆れた様子で言った。
「私は臆病なんだって。それこそ兎とか鶏位には」
舞は『ないない』と手を振りながら言った。
「そう、それもだよ!」
心咲が舞を指さして言った。
「何が?」
「その『ないない』ってジェスチャー、春休み前までやってなかった!」
「あー、言われてみれば……」
心咲の指摘に、椋も頷いた。
「そ、そう? き、気のせいじゃない?」
舞は二人に気付かれない程度に小さく目を逸らした。
「そんな事よりさ、ちょっと聞いてよ。さっき来た人、宅急便の人だったんだけどさ、これが届いたんだよね」
舞はそう言うと、床に荷物を置いた。
「お、それ何?」
椋が身を乗り出して言った。
「うーん、わからないんだよね。『西田製薬』ってなってるんだけ、ど……」
舞は、そっと目を見開いた。
「……どったの?」
心咲が、心配そうに舞を覗き込んだ。
「へっ?あっ、いや、何でもないよ。たぶん気のせい。とりあえず、開けてみようか。その『西田製薬』には後で電話するとして」
舞は若干早口で言うと、机の引き出しからハサミを取り出して、ダンボールを固定していたガムテープを切り、開けた。
ダンボールの中には、ダンボールより一回り小さな箱が入っていた。
「何これ……?」
舞は呟くと、箱を手に取って、慎重に中身を取り出した。
「何コレ、ペンダント?」
椋が箱の中身の、銀色のフレームに蒼い宝石のような物が嵌め込まれたペンダントを見て言った。
「……あ、裏になんか書かれてる」
舞が呟いた。
「な、何て?」
心咲が恐る恐るといった風に聞いた。
「えっ、と……『EvolPendant』……『エボルペンダント』?」
舞は首を傾げた。
「何ソレ、造語?」
聞いた事のない単語だったのか、椋も首を傾げた。
「たぶんだけど……、エボリューション、進化、と、ペンダントを掛け合わせた造語なんだと思う」
舞が難しい物事を考えているかのような表情で言った。
「よく知ってるね」
椋が驚いた様子で言った。
「勉強出来るのが私の数少ない取り柄だからね……。まあ、とりあえず、これは後にして、勉強会、再会しよっか」
舞はペンダントを箱に戻すと、机の上に置いた。
「うへぇー」「うへぇー」
心咲と椋は、実に嫌そうに言った。
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