父とアパート
「一人暮らしがしたい」
そう父に告げると、早速候補となる場所に案内された。
閑静…というにはあまりにも寂びた町だった。
まばらに並ぶ家と、立ちふさぐかのような工場。
そしてやたらと多い駐車場。
そんな景色を通り抜け、とあるアパートの前に立ち止まった父が「ここだよ」と言った。
トタン板でできたような茶色い外壁の、ボロアパートだった。
部屋に案内され、中を見ると…これまた狭い。
家具はすでに用意されていたのだが、ベッドで部屋が半分になり、そこにクローゼットまで置いてある。
立つのが精いっぱいなその隙間から畳が覗いていて、ここが和室だとささやかに主張をしている。
トイレ、風呂、キッチンは共同。
正直暮らすにはあまりにも…といった感じだった。
ベッドの脇にあった窓を開けると、開けた景色に日が傾き始めていた。
本当に、何もない町。
父が選びそうな場所だな、そう思うと途端にこの場所が気に入っていた。
収納は問題ないから…あとはデスクトップのタワーはどこにおけばいいかな…と既に住むことを考えていると玄関から父が顔を出した。
「どう、気に入った?」
「うん、ここにするよ父さん」
二つ返事で答えると、父が嬉しそうにニコニコする。
「そうか、そうか。じゃあ大家さんと話してくるよ」
そう言うと父は背を向けどこかへと行ってしまった。
私は共同の風呂場を見てまわるために部屋を後にした。
父がこの世を去って丁度二十年経つことを思い出した矢先のことだった。
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