第二幕『鴉の縄張り』
酒場で一頻りの話に耳を傾け、掲示板に張られた指名手配書を確認し、大して収穫のなかった事に肩を落としつつ、僕は情報収集の場所を変えました。それは町にある国軍の詰め所です。
どんな小さな町、集落にも国軍の兵士が待機する詰め所があります。彼らは辺境の町の警備を任された言ってしまえば左遷組です。田舎の詰め所に収まらねばならぬ鬱憤を抱えた者、田舎の生活を受け入れて平和ボケしてしまった兵士がいたりと様々です。
この町の詰め所にいた兵士は、ふわぁと大きな欠伸を隠そうともせずに緩い顔をした、平和ボケ組のようです。ウトウトと定まらない視線の兵士を横目に詰め所へ入ります。ご覧の通り僕の姿は見えていません。
詰め所には国からの通達が少なからず来ているものです。キチンと整頓された机に並ぶ手紙の束の中から、王家の刻印のされた物を探し、中身を確認します。
とは言え、それを手作業で行えば流石に兵士に見つかってしまう為、作業は影を紙の隙間に這わせてやります。シュルっと影を紙束の隙間に入れて抜き取れば、それで情報収集は完了です。
大体は海賊の目撃情報を提供するようにと言う通達、税金の徴収に関する物、土地の豪族の動向の報告義務の確認など、大した情報はありませんでした。
酒場でも詰め所でも大した情報が手に入らない時は、情報屋たちの秘密の情報網を駆使します。どんな町にも、どんな集落にも、情報屋たちが秘密裏に仕事をする場所があります。
詰め所を出て、僕はもう一度酒場へと向かいます。今度は少しだけ気配を表に出して、せめて声を掛けて気付いて貰えるように気を張ります。
「こんにちわ、シャーリー・テンプルを一杯頂けますか?」
一応お酒も嗜む僕ですが、外見の人間年齢的には未成年に見えるので、酒場ではアルコールは頼めません。魔族であるとか説明するのは時間の無駄なので、いつもシャーリー・テンプルと言うアルコールの入っていないカクテルを頼みます。僕のお気に入りです。
「おう、坊主が一人でこんな所に何の用だい?」
「海猫の巣に鴉からの届け物を」
言えば、酒場の店主の顔色が変わりました。
「こんな子供がねぇ」
小さく呟いた言葉と共に、カウンターにカクテルのグラスが置かれます。
「お前みたいな子供も、食うに困って身を落とすのか?」
「いいえ、僕は好きでこの仕事をしてるんです」
「……そうかい、こんな偏狭の町だ。得られる物があれば良いがな」
「どんな場所にも、実りはあるものです」
一息にカクテルを飲み干した僕に、はは、と酒場の主人は笑いました。ご馳走様、と言って金貨を一枚支払って、カクテルグラスに敷かれていたコースターを手に、僕は酒場を後にしました。
次に僕が向かったのは仕立て屋です。小さな仕立て屋ですが、中では新しいドレスの仕立てをする町娘の親子で賑わっていました。
「すみません、ご主人はいらっしゃいますか?」
やはり僕は少し声を張って、仕立て屋の中に入ります。
「はいはい、お使いかね?」
「ええ、これをお願いします」
言って僕は酒場で失敬したコースターを主人に渡しました。水滴に濡れたコースターには、海猫の絵が浮かび上がっていました。おやおや、と小さく言って、仕立て屋の主人は棚から小さな鍵を僕に渡してくれました。お礼にまた金貨を一枚渡します。
「気をつけて行くんだよ」
「ありがとうございます」
特にそれ以上の会話はなく、僕は海に向かって足を進めます。
『こんな偏狭の町にも、情報屋たちの網は張られているのでありますな』
『偏狭の町だからこそ、だよコール』
辺境の町は国からの監視も手薄。詰め所の兵士は大抵あの有様だし、むしろ情報網を仲介させるにはもってこいの場所だ。そして酒場と仕立て屋と言うのは、どんな小さな町にも存在する生活の必需店。だからこそ情報屋は金貨を対価に店主たちと取引をして、こっそり情報屋たちの仲介をしてもらうのです。
信じられる物は、価値の明確な金貨銀貨だと言う事です。
『合言葉と金貨がその証明なのですね』
『そう。僕ら情報屋と言う鴉は、何処の町にも蔓延っているって事なんだ』
合言葉にも法則性があるのだけれど、それはまたの機会に。
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