第二話『海賊と海洋魔物』
第一幕『少年の仕事』
人魚との取引を控えたお頭たちをエリザベート号に残し、僕は調理班の皆さんと先行して港へ上陸しました。上陸する頃には夜も深く帳を下ろしていました。
小さくも活気のある港に、何時ものように偽造身分証明書を使って停泊します。調理班の二人と料理長ジョンと僕の四人で、まずは宿に部屋を取りました。四人一緒に寝泊り出来る大部屋です。久々のベッドでぐっすり眠って、疲れを癒しました。
翌朝、宿で出された朝食の味に文句を付けつつもあっと言う間に完食し、息吐く間も無くジョンたちは食料の買い付けに町へと繰り出して行きました。
船に積み込む食料品は数日分などと言う小さな話ではない為、事前に食料品店を回って大量発注をお願いしなくてはいけません。長ければ一ヶ月は洋上生活を送る僕らの食事を賄ってくれるジョンたち調理部隊は、日持ちする食料品の買い付けに回り、予定に満たない気配があれば、港に停泊している間に自分たちで保存食を作ってそれを補います。保存食、保存食作り用の食材、調味料の買い付けと、彼らの仕事は船の中の調理に留まりません。
彼らの仕事ぶりに負けないように、僕も情報収集に酒場へと向かう事にしました。
どんなに小さな町にも酒場はあります。娯楽の類と言えばお酒が一番に出て来るのが定石。賭博場や娼婦宿も娯楽の内ですが、施設や元手がかかる為、それなりに大きな町でないとありません。小さな町の小さな酒場は、ささやかな娯楽として町の人たちに愛される場であるのが一番良い形だと僕は思います。人が集まる場所には自然と情報が集まります。お酒で気分が良くなれば、元から口に立てられない戸口は更に箍が緩くなる物です。
そっと酒場の戸を開き、僕はその場の空気に溶け込むように肩の力を抜きます。そこに在る事が当たり前で、そこに無い事が当たり前のように、僕は空気に溶け込みます。魔族として持ち合わせた『人間に知覚し難い』と言う体質を生かし、僕は会話するお客さんたちの話題に耳を寄せた。
今年も作物の成長具合は悪くない。先月は雨が少なかったが、今月に入って雨が多い。ハリケーンに注意が必要だ。畑の作物が風でやられると困る。牧草地帯じゃ草が雨でやられたらしいじゃないか。今年の牛は出産率が良いらしい。今年の馬は子沢山だったねぇ。牧草が不足すると困るねぇ。
この辺りは山が近い事もあって農耕や畜産業が盛んなようです。町の人たちは皆今年の作物の心配事ばかり口にする。作った作物を売って日々を過ごす人たちにとって、日々の空模様は気まぐれで、ただ良い天気になる事を祈る他ない。
そしてそこに混じる近頃の国の指針、南北国家の交易情報や国交問題の話題。各国軍の動向、演習情報、更には政治家や貴族、国軍将校たちの噂話まで。国が安定していないと物資の売買は滞る。
特に昨今彼ら一次産業従事者や商人の頭痛の種になっているのは、海賊たちの動向です。僕の乗る船、エリザベート号を駆り海を行くヴィカーリオ海賊団も、人々が動向を気にする海賊の筆頭です。特に僕たちが襲うのは商人たちが諸外国へ行く貿易船を狙う為、五大海賊として数えられるようになってから、特に名前を聞くようになりました。少し照れ臭いような、誇らしいような気分になります。
人間たちの言うところの残虐非道な海賊家業ですが、弱肉強食が真理のこの世の中では、力無き者、知恵無き者は喰われて当然の事ですし、それを気にしていたら魔族の中では生きていけません。僕は弱い存在だったから、特に分かるのです。僕は一人ではやがて喰われていくだけの弱い存在でした。おばあ様が僕を護る為に人間界へ導いてくれて、雑踏の中此処でも何も出来ないと思われた僕をラース船長が導いてくれました。僕はそれに報いたい。手の届く範囲の人たちを護り、彼らの役に立ちたい。それが僕の目標です。
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