第十七幕『人魚の毒』

 が、何やら様子がおかしい。足取りがフラフラとしていて、目が虚ろだ。


「おやおや?船医殿よ、こやつに何か薬物でも盛りましたかな?」


 思い当たる節しかない、と言う顔のマルトが、怪訝そうな顔で事情を口にする。


「私は虎鯨の毒の解毒剤を日々研究しておりまして、先日お嬢様から頂いた人魚の鱗を解毒薬に混ぜて彼に飲ませたのです」

「ああ、やはりそうですか」

「……今になってこの現状の説明がついたのですが」

「申して御覧なさい」

「虎鯨の毒と、人魚の鱗は何らかの相乗効果、または反発効果があり、一時的な毒の分解は出来る物の、最終的に取り除く事は出来ず再度中毒症状を起こす……で、間違いないでしょうか?」


 人間の医者の癖に良くやるわい、とモーゼズが再び高らかに笑った。


「良い線をいっておるが、ちょいと違うのぅ人間の医者よ。まず虎鯨の毒との関係性は無い。次に、人魚の体組織には大概の毒を消し去る作用があるのは確かじゃ。ただそれにも理由があってな」


 言ってモーゼズが海面に浮かぶ人魚のお嬢ちゃんに声をかけた。繰りなさい、と。


『はーい、悪人さんこっちおいでー!』


 音無き声で彼女が商人船長を呼ぶと、男は突然走り出し、船縁から何の躊躇いもなく海面へとダイブした。


「正解は、人魚の奴隷として魂を繰られると言う事じゃ」


 あぁ、と顔を覆ってマルトが肩を落とした。人魚の血肉や体組織が万病の霊薬になるのでは無い。人魚に取って便利な死人を作る薬になるのだ。


「いや、結構結構。此方で無理にでも薬を飲ませ海に連れ込む手間が省けたと言うものじゃ。最近は船が沈んでも死骸が中々沈んでこなくてのぅ。人手不足に悩んでおったのじゃ」


 海底畑の作業用奴隷が不足気味で、キチンと五体満足の人間は重宝する、と人魚の王は笑う。海で死んだ人間を奴隷として自在に操り労働力にしていると聞いて、何処の国でも富める者の下には過酷な環境で働く人材がいるのだな、と何故か納得した。


「主らも良い体格の者が多い。海で死んだなら、我が国はお前たちを歓迎しようぞ」

「は、はは。暫くは遠慮しておくわ」


 言って俺は青い石のペンダントを首に掛けた。


 親子が海の底に悪徳商人と共に沈んでいくのを見送って、俺たちは遅い夜に就寝した。


 翌日の昼過ぎ。マルトが海に使えなくなった人魚の鱗入り解毒薬を撒いて捨て、しょんぼりと肩を落としていたのを慰めつつ、島の港へと船を走らせた。


 沖に放置した元商船から煙が立ち上り、浸水した船は真っ直ぐ海に沈んで行った。アレは海の底で、幼い人魚たちの格好の遊び場になる事だろう。


「あぁー、何だかドッと疲れたわ」


 伸びをして仰いだ空は、憎らしくなるくらいに真っ青に晴れ渡っていて、胸に下げた海石にも負けない輝きを放っていた。


第十三話 おわり

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