第十五幕『訪問』

 人魚を待つ間に、小型艇で調理部隊を先発隊として島の港に向かわせる。主に補給物資や食料品の手配をさせる為だ。三日経っても港にエリザベートが停泊手続きを取りに来なかった場合、海軍の軍艦の停泊があった場合は使役便でやり取りする。そう決めて、ジョン率いる調理部隊と情報屋レヴと従者の吸血鬼コールを同日の夕方に送り出した。


 その晩、甲板で暗い海を眺める俺にメーヴォが声をかけて来た。帽子を取ってコートを着ていないメーヴォはやけに小さく見える。


「気になるか?」

「ま、多少はな」


 苦笑した俺を、メーヴォの赤い目が射抜く。


「もし来なかったらどうするんだ?」

「そうなったらアレだ、その商船の残骸をこの辺りに沈めてやろうぜ」


 あの人魚の言う事を全部信じるなら、この辺りにあの人魚の住んでいる海中王国か何かがある訳だから、船の残骸をばら撒かれたらさぞかし困る事だろう。


「海賊をダシに使ったらどうなるか、きちっと知ってもらわねぇとな!」

「なるほど、やはり出向いて正解だったようじゃな。船を沈められると畑の片付けが大変なのだよ」


 突然、その声は甲板に響き渡った。


 腰に下げていた銃を手に声の方へ銃口を向けて構える。横でメーヴォが鞭を構えた気配がする。振り返り銃を向けた先に、長い白髪とたっぷりの白髭を蓄えた老紳士が佇んでいた。豪奢に整えた身なりの老人が、船主側の甲板に立っている。突然の事で、俺もメーヴォも臨戦態勢のまま固まってしまった。


「おっと、すまない海賊よ」


 ところでどちらが船長かね?と口にした老人の気配に殺気や敵意は無い。そこではたと気が付いた。老人の足元が濡れて水溜りが出来ている。


「……俺がヴィカーリオ海賊団の船長ラースだ。おじいちゃんねぇ、突然人の船に乗り込んで来るのはマナー違反だぜ?」

「おお、人の世間の事はとんと疎くてね。娘を助けてくれた礼に訪れたのだ。無作法を詫びよう」


 マジかよ、と内心で毒吐くと同時に、メーヴォが船縁から下の海面に目を向けた。


「彼女だ」

『やっほー!今晩和、通訳さん!今そっちにお父様が行ってるでしょ?善は急げって言うから、早く来ちゃった。お礼の海石コレクション持って来たよ!』

「……だ、そうだ」


 メーヴォの通訳を聞いて、俺はようやく銃を下げて深く溜息を吐いた。


「人魚のお父様よ、危うく撃ち殺すところだったぜ?海賊はマナーに厳しいんだ」

「ほっほっほ。これは大変失礼した。改めて感謝を述べる場を用意して頂けるかね、ラース船長殿」

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