つらいよね、大丈夫だよ
れなれな(水木レナ)
つらいよね、大丈夫だよ
〇私立若葉学園・二年A組教室・中<夕>
教室の入り口付近に丸椅子を置いて、足を開いて座る
生徒A「先生、どうして二年はだいたい土曜日まで授業があるんすか?」
千堂「それはな、この高校が私立で、教育熱心だからだぞ。憶えとけ」
廊下よりの席に気だるく、教壇と担任を目にする
千堂「こないだ出してもらったHR課題カード、『自分の人生を道にたとえると……』紹介していこうな」
自信がある生徒ばかりなのか、どの顔にもニヤニヤと照れているような、変なハニカミ笑いが浮かんでいる。
千堂「ダイエットに成功した愛華! ハレの舞台だ。さあ行こう。『自分の道をたとえると』読め!」
愛華M(せっかく内緒にしてたのに……バラさないでほしいわ!)
愛華、むすっとして無視を決めこもうとしている。
千堂「誰に見せたいのか、みんな気になっているぞ」
かすかにさざめくような笑いが教室に満ち、また男子の視線がチラチラと注がれる。
愛華「私は標準体型です。それでももっと美しくなりたくて何が悪いんですか!?」
千堂「ナイスバディとかいったら、それこそセクハラみたいじゃないか。悪くとるなって」
生徒たち「ほめたのに、セクハラとか。ナイよなあー」
愛華はスッスッと席を立ち、教壇の前へ進み出る。すましかえった表情で立っている。
千堂「まずは自分の紹介から。毎日何人かずつ、紹介していこうな」
愛華、大きくうなずき、教室を講堂に見立ててSの字に見渡す。
愛華「私の人生は、風の道です。さしかかると難所ですが、未知への挑戦に満ちてます」
おおーっと声があがる。
愛華は当然という顔。
千堂「次、
愛華「紹介します。早朝のアスファルト道路。その心は?」
間があって、周りの生徒が
諒也は立ち上がる。
諒也「なんの変哲もない、普通の通学路。だけど、自分だけの道」
千堂「おまえのはペンキで汚れた道だろう」
愛華「え、えーと。次いきますよ。いいですか? これは……光。アートな道?」
光「繁華街のアートを描かれた道。人と人の出逢う道。出会いが人生そのものだから!」
京也「頭ン中がお花畑の道じゃないのかー?」
鎮樹諒也と同じ顔の、
千堂「あー。刺激的なところがピッタリだ。次」
愛華「土砂降りでぬかるんだ道。これは……音羽……くん?」
音羽「とかく、生きにくい」
他の生徒たちは首をかしげる者、ぽんと手を打つ者、軽く何度もうなずく者、無関心を決め込む者、バラバラの反応だ。
千堂「人生論を聞いてみたい。哲学がありそうだな。次」
音羽は青白い顔。金髪サラサラ。顔にかかってて表情も見えない。
愛華M(音羽ってお坊さんみたいだな。ストイックな雰囲気をまとっている。頭髪はチャラ男そのものなのに)
〇高架下の道路<夕>
夕日が朱金色にあたりを染め、路駐の車のミラーや住宅街の家々の窓などをきらめかせている。
愛華と光、てっくりてっくりと歩いていく。
愛華はカードをジッと見つめ、光はそれを奪い取ってヒラヒラさせる。
光「もう、HRのことはいいじゃない」
愛華「光、音羽くんって、どういう人なの? 一年のとき、同じクラスだったんでしょ?」
光「そうね、前は真面目そうだったの。今、一見チャラ男だけど。ファッションだね。人付き合いもあんまりないみたいだし」
愛華「そう……」
光「でもって、一年のとき、彼女と他校の女、二股かけて泣かせたんだって。それからああらしいよ」
愛華、無表情に首の後ろのおくれ毛に触れて、アメリカピン(ヘアピン)を外しだす。
光「イヤだった? こんな噂」
愛華「光、そういうのよく知ってるよね」
光「出会いが人生だし。こういう情報も自然と入ってくるのう」
愛華「土砂降りでぬかるんだままの道なんて……冷たくて、寂しくて、孤独なんだろうな……」
と、光が四つに折った紙をとり出す。『茶話会のお誘い・座禅の友・第三土曜日』と書かれている。
光「そうだ! 最近、同世代風の子も来るの! 頭、坊主なんだけどすっごい美男子! ちょっとうちの道場へ寄ってかない?」
光はお知らせの紙をひらつかせながらスポーツバッグをぎゅっと胸に抱えこんで、強い目つき。
愛華は緩やかに首を傾げ、ポニーテールを道なりで直す。
愛華「え? 坊主頭って……その人、将来出家するの? よこしまな気持ちで近づいたら悪い……」
光「美坊主に興味ないの?」
愛華「今は、私も雑念を持ちこみたくないっていうか……」
光「もう! いくら自分を磨いても、見てくれる人がいなくちゃ意味ナイナイ!」
愛華「そっか。そうだね、やっぱ美坊主見たいし」
光ははじけるような笑み。我が意を得たり、と先に走り出す。
愛華は追いかけて、ひざ丈のスカートをひるがえしていく。
〇東照寺・外・<夕>
あたりはまだほの明るい。
大きな寺だ。
愛華M(いつ見てもカンロクだわ)
と、深呼吸して溜息。
〇東照寺・庭・中<夕>
光、ヒノキ造りの縁側に向かうと、住職がちょうど廊下の奥から出てくる。
愛華「わー、住職さんだ! お久しぶりです」
愛華は住職におじぎ。
光「おじいちゃーん」
と光、手を振る。
住職の後ろから
光たちが近づくと、住職は軽く紹介する。
住職「茶話会にもご出席いただいている檀家さんの息子さんだ。キョウくんといってな。キョウくん、孫とそのご友人だ。同世代だったな」
のんびりとした調子の住職。
わずかに表情を動かして、目線を伏せるキョウ。
その様子を見て目をキラキラさせて見る愛華と光。
愛華「キョウくんっていうんですね。どこかで見たような気もするけれど。気のせいかなあ?」
光「眼福、がんぷく」
とうれしそう。
愛華のナンパな発言も無視してキョウは一礼して立ち去る。
住職「身も心も美しく、美人さんになりたくないかね?」
愛華・光「なりたーい!」
住職はほっくりと口角を上げ、薄い半紙のような紙一面に印刷された、お経を差し出す。
住職「イチバンわかりやすく書かれたお経だから。般若心経だよ。おいしいお粥もあるよ」
愛華M(茶話会かあ……お寺なんだから、むずかしいんだろうな)
と愛華、静かなままの障子向こうを見すかすように首を伸ばす。
中からは何も聞こえてこない。
愛華「いっそ黙って寝ていたい感じ」
光「座禅は沈黙の行だからね。あれは副住職、うちのパパだよ……すーぐ人生相談に乗っちゃうんだから」
住職は合掌してうなずく。
住職「茶話会はその日の内容にもよるけれど。愛華ちゃん、日曜の座禅会にはこないかい?」
〇東照寺・縁側・廊下・中<夕>
愛華はキョロキョロ。勝手に上がりこんで、ずずいと廊下を入ってうろつく。
愛華M(ん? あの人……あそこに畳んでおいてある制服みたいなの……うちの校章だ!)
愛華「あの、マナーにはうるさいんですか?」
住職「みんな余計なおしゃべりはしないよ。君らもたまには落ち着いて過ごしたらいいだろう」
愛華「私たちがおしゃべりで落ち着きがないっていうんでしょうか?」
住職「まあ、若者にはわかりにくいかな。紀州の梅干しをくださった檀家さんがあってね。おやつには甘いお菓子もあるよ」
光が愛華の腕をつかんで全力でうなずく。
光「あたし、クリモナカ食べたい!」
愛華「年寄りくさいな、光……」
光「何言ってるの! 和菓子って、たった一個でお腹いっぱいになるし、ヘルシーなんだよ?」
愛華「ヘルシー……ごくり」
生唾をのみこむ愛華。
そのとき二階の道場へ上がるキョウが見える。
〇東照寺・厨房・中<夕>
キョウ、腰を折り曲げ、全身を使って樽の中の梅干を小壷に移している。その目はドロリとして濁っている。
〇東照寺・禅堂・中<朝>
灯りは窓にはまった障子と、ロウソクの火だけ。
約三十畳ある畳の部屋で、二十名ほどの人が、等間隔に足を組んでみんな壁をむいている。
カラスの鳴き声がしている。
作法を習い、
愛華「座禅って、よく考えたら宗教だ。健康にいいとかでやるもんじゃないよね。うち、宗派違うんだけど、何やってるんだろう私」
愛華は頭、首、肩を動かしてリラックスし、
座禅を組みながら愛華、だんだんこっくりこっくり舟をこぐ……。
愛華M(……って、ハッ! 足の感覚がない!)
密かにキョウが心配げに見ている。
愛華「うう……」
キョウ「足、しびれたんなら動いていいんだよ。こう、左右に、徐々に」
愛華「なにそれ。大きなお世話。しびれてなんかいないし……」
キョウは、あからさまに無理している愛華を尻目に、ひときわ大きく深呼吸し、スッと慣れた動作で立ち上がる。
キョウ「お粥があがってくる頃だから、みなさんの御膳を用意しなくちゃ」
愛華「あつつ……ちょっと、待って……私も、手伝う」
乱れる息を整え、よろけながら立ち上がる愛華。腰を伸ばして、左足から廊下へ出ると、キョウの姿はとうに消えている。
〇東照寺・廊下<朝>
薄暗い廊下。スズメたちやキジバトの鳴き声と障子の白。
ちょうど直角に曲がったところに白々とした灯りがついている。
〇東照寺・厨房・中<朝>
簡素で清潔そうな厨房。
愛華が入ってくると、奥に梅干しの壷を見ている副住職とキョウが立っている。
大きなヤカンがコンロの上で鳴る。
副住職「今日は常連さんが風邪で見えないから、キョウくん、教えてあげてくれますか」
キョウは黙って両手を合わせて一礼。
副住職は去る。
キョウ、沸かしてあったヤカンをコンロから下ろして、キッチン用のエレベーターで昇ってきた大なべを運んでくる。
蓋をとってお湯で溶いていくのを見て、愛華はおわんを棚から出す。
愛華「キョウくんって同じ高校? こないだ制服だった? キョウくんって音羽くん?」
キョウ「……そうだ」
愛華「もともとは真面目って聞いてたから、驚かなかったよ。金髪はウィッグなんだ?」
キョウ「親からもらった体をあえて痛めつける必要ないだろう」
愛華はほっとしたような顔つきで、でも意外そうに言う。
愛華「私だったら、成人したら化粧して、オシャレして、ヘアスタイルも変えて、って思っちゃうなー。ピアス穴もあけたいしー」
愛華、竹の箸をどっと渡される。一膳、二膳、と数えていく愛華。
キョウはかすかにうなずいて。
キョウ「……似合うんならいいんじゃない? 女の子なんだし」
愛華「そんなー。ここへきて女の子扱いは恥ずかしいよー。ミーハーなだけだって」
湯をタライにあけて、おわんと箸とを次々ゆすいでいく。大きなお玉でお鍋を底までぐるぐるとかき回すキョウ。
指示に従い、布巾でおわんと箸を拭いて差し出し、キョウの懸命な姿にただただ見入る愛華。
愛華「アイは大切だよね。みんなキョウくんのこと、二股かけたチャラ男だなんて思ってるけど、きっとそれなりに事情があったんだよね」
キョウ「知ってるんだろ? 噂……大切な人を傷つけた。二人も……最低だろ? 信じられないだろ? オレには何も言う資格ないよ」
愛華「いつも金髪のウィッグつけてるの?」
キョウ「学校でだけかな。あと買い物のときとか……」
愛華「もしかして、今の方が素なの?」
キョウ「いや……そういう感じじゃないな」
キョウは暗い目をして、盛り付けを始める。黙々と。
キョウ「カッコつけたくてつけてるんじゃない。その方が自然に見えるからそうしてるだけだ。このままでも、カツラしてても生きづらい」
愛華はお粥と食卓塩、梅干しの壷を乗せたお盆の縁をぎゅっとにぎりしめる。
〇私立若葉学園・二年A組教室・中<夕>
日差しはまだなんとなくうらうらとしている。
丸椅子に腰かけた千堂。
耳をすませて話を聞いている素直そうな生徒たち。健康的な表情。
千堂「……それじゃあ、HRは締めに入るが、愛華、もう一つ何かあるんだったな?」
締めると聞いて、のびをしかけ、あくびまでしていた生徒たちが一斉にキョトンとして隣の友人らを見回し、教壇に立つ愛華を見つめる。
――みんな注目している。
愛華「おとといのHRで読み間違えました。音羽響介くんの道は、土砂降りの後、お花が咲いて虹がさす道です。ぬかるんだ道は歩きづらいかも。でも周囲を見回してみればいい。最初から完全な人生なんてない。つかんだものが人生よ」
音羽「な、なんだって!?」
キョウ――音羽響介は目をむいて周囲を見渡す。サラサラの金髪がカーテンのように彼の眼前を覆い、揺れる。
彼の大声にみんな、いっせいにそちらを見る。
愛華の言葉は続く。
愛華「ほかの人よりも恵まれていようがなかろうが、道は未知。新たな可能性を育む道もある。どんな形であるにせよ、一生懸命咲けばいい」
精一杯微笑む愛華。
一回だけ口笛らしきものが鳴ったけれど、周りじゅうの真剣なまなざしに、立ち消える。
机に突っ伏す音羽響介。
光「咲けばいい、はクサイけど。自分で選ばないといけないよね」
光の言葉にうなずく愛華。
千堂「さすが愛華はチャレンジャーだ。みんなはどこからどこへ行くのかな? いい人生を旅するんだぞ!」
担任の一言に、ぼんやりと周囲を見回す一同。なんだかポヤンとしているが、一瞬後に拍手が割れんばかりに起こる。
音羽響介は、金髪のカツラをずるりと取り去り、胸に抱いたまま男泣き――。
彼の前の席の男子が、その丸い頭をくるりくるりとなぜる。
全員唖然とし、拍手は一瞬止んだが、なお一層力強く、みんなの拍手が降り注ぐ。
(了)
つらいよね、大丈夫だよ れなれな(水木レナ) @rena-rena
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