―真堂冬陽―

 ソファに座り、本を読んでいると。


冬陽ふゆはるさん! 早くお風呂に入ってください!」


 腰に手を当て、足は肩幅に開き。仁王像かよとツッコみたくなる立ち姿で、一花いちかは言った。


「冬陽さんが入ってくれないと私が入れないじゃないですか」

「俺は今忙しいんだよ。見たら分かるだろ」


 これ見よがしに持っていた本をかかげると、勢いが弱まる。


「あ……お仕事中でしたか」

「いや、好きな建築家の写真集見てるだけ」

「……!」


 あ、イラッとしてんな。

 お嬢様然とした態度崩すと、子供っぽい顔が見える。それが見たくて、ついからかってしまう。


「……じゃあ私、先に入りますから」

「お前風呂長ぇから俺の後にしろ。あと少しで読み終わるから」


 細い手首をつかんで、無理矢理となりに座らせる。

 一花は不満げに頬を膨らませた。


「お風呂、別に長くないです。普通です」

「嘘つけ。いつも一時間は入ってんじゃねぇか」

「仕方ないじゃないですか。私は冬陽さんと違って髪の毛があるから」

「おい、人をハゲ扱いすんじゃねぇ」


 コイツ、人のこと口が悪いだの何だの言ってたが、自分だってそうじゃねぇか。


「お前の風呂が長ぇのは、歌とか歌ってるからだろ」

「!!」


 急にソファがきしみ出した。

 隣を見ると、一花がソファの端まで引いていた。


「……ノゾキ」

「おい、このクソガキ。誰に向かってンなこと言ってんだ」

「だって、歌のこと知ってるって……」

「お前の声、よく通るから台所や居間にいると聞こえるんだよ」

「!」


 一花は飛び上がるほど驚いた。リアクションが激しすぎて面白い。


「ウソ、だって……お祖父ちゃんもお祖母ちゃんもそんなこと言ってなかったのに!」

「耳が遠かったからかもな。ったく毎晩毎晩よぉ……せめて今時の曲ならいいが」


 歌声を思い出す。独特な歌い回し、磨き上げられた響き。上手いのは上手いんだが……。


「ピンクレディーに水戸黄門って、お前いつの世代の人間だよ。俺らより上じゃねぇか」

「!!!!」


 毎晩繰り広げられるリサイタル。

 昭和の歌謡曲ってなぁ……。何かズレてんだよな、コイツは。


「何でそんな曲知ってんだ?」

「音源が家にあるから……聞いたら良い曲ばっかりで。ま、まさか、他の人も知ってるんですか? 私が歌ってるって」

「ああ。お前が風呂入ってる時は、爆笑だな。選曲に若さがないって」

「!!!!」

「特にけいは、お前の演歌がツボらしい。やたらとコブシがきいてて」

「………………」


 耳の付け根まで真っ赤になって。

 一花はソファの上で体育座りすると、ひざ小僧に頭をつっぷした。


「……冬眠したい」

「まだ梅雨明けたばっかだぞ」

「……消え去りたい」


 大げさなやつだな。

 俺はため息をついて、落ち込む頭に手を伸ばした。


「い、痛いです」

「痛くねぇだろ。撫でてやってんのに」

「髪が、ぐしゃぐしゃになる」


 柔らかい髪は妙に感触が良い。抗議の声を無視して、俺は撫で続ける。


「お前の歌、嫌いじゃねぇぞ。お前がいるなぁって感じがして。この家のBGMみたいなもんだろ」

「…………」

「やっぱお前先に入ってきていいぞ。歌聞いてるから」

「……いいです。待ってます」


 顔をのぞき込んで見てみると、不機嫌と照れの間ってとこか?

 ま、もう落ち込んではなさそうだ。


 可愛いやつ。




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