―駒生葉介―

 綺麗な手が、頭を撫でる。

 嬉しそうに目を細めるあの子。撫でている方も、すごく幸せそうで――


「うらやましい」


 思わず口に出てしまった。そばにいた一花いちかが不思議そうに俺を見上げる。


「……何がでしょうか、葉介ようすけさん」

「俺、見たよ。さっき一花が、けいになでなでされてるとこ」

「え!?」


 一花は顔を赤くする。可愛い。


「あ、あれは、変な意味ないですから。ただ小テストの点がちょっと良かったから、蛍さんが褒めてくれただけで」


 慌てて言い訳する一花。可愛い。


「それで、何がうらやましいんですか?」

「なでなで」

「?」


 一花は首をかしげる。可愛い。


「……もしかして、なでなでしたいんですか?」

「逆」

「逆って、蛍さんになでなでされたいと……? 頼めばしてくれると思いますけど」

「そうじゃなくて」


 俺は一花の前に座り込んだ。ソファの高さ分、一花に見下ろされる。


「俺、今日冬陽ふゆはると一緒に庭の草むしり頑張ったよ」

「あ、聞きました。ありがとうございました。手伝えなくてすみません」

「あと、食器も洗った」

「蛍さん、喜んでましたよ」

「この前夜中1時くらいに、千晃ちあきがお酒呑みたいって言ったから買いに行った」

「それは断りましょう」


 俺も呑みたかったからいいんだけど。

 ……あとは何かあったかな。うーん、思い出せない。どうしよう。困った。


「……足りない?」

「え?」

「もっと頑張らないとダメかな」

「…………」


 一花はしばらく考え込んで。

 それからちょっと困った笑みを浮かべて。


 ……そっと、俺の頭に手を乗せた。そしてゆっくりと上下に動き出す。


「…………」


 遠慮がちな手つきから、『これでいいのかな?』って気持ちが伝わってきた。だから「嬉しいな」と言うと、一花の手から余計な力が抜けた。


「私に撫でられて嬉しいんですか?」

「うん」

「……葉介さんは変わってますね」

「そうかなぁ」


 別に変じゃないと思うけどな。


「蛍も千晃も冬陽も、一花に褒められたり、頭撫でられたりしたら喜ぶと思う」

「ええ……そんなわけないですよ。怒られます」


 3人が一花を怒る? うーん、想像つかないな。でも、まぁいいか。


「じゃあ、俺だけトクベツだね」


 トクベツ。いい言葉。

 何度か心の中でその響きを楽しんでいると、


「お疲れさまです。ありがとうございました」


 一花の優しい声が、上から降ってきた。

 ああ、幸せだなぁ。



 ――明日も頑張ろうって思える、連休最後の日。



冬陽「おい、金持ちニート! お前毎日休みじゃねぇか!」




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