魔界クッキング

イカナゴ

第1話 魔界クッキング

「ヴェラ!ヴェラいるか!」

家の外からやかましい声が響いてくる。このガラガラ声はギーのやつだ。

「……」

あたしは青筋を浮かび上がらせながらベッドから身を起こす。そして扉のまでいくと思いっきりドアを蹴り飛ばした。


「ギャッ!」

ぶっ壊れたドアと一緒にギーが飛んで行く。それを清々しい気持ちで見送り、もう一度ベッド入ろうと

「ヴェラ!ひどいぞヴェラ!」

 したところでギーが丸っこい体をボンボン跳ねさせながら戻って来た。


「ひどいのはどっちだい。夜中に起こしにくるなんてさ」

「あさ!もうあさ!」

 ギーが太陽を指さす。

「日の昇っている間が朝なんて他の奴らが勝手に決めたことだ。つまりあたしが夜だと思えばそれが夜だってこと」


「むちゃくちゃ!ヴェラむちゃくちゃ!」

 ギーが笑いながら跳ねまくる。ちっとも反省しちゃいない。あたしは左腕で髪をかきながらため息を吐く。どうせギーに何言ったところでわかっちゃいない、諦めることにした。


「で、何の用だい?なんもなかったらまた蹴り飛ばすよ」

「これ!ヴェラこれみつけた!」

 そう言ってギーは短い手で何かを差し出してきた。本のようだが、ひどくボロボロで、そのくせ表紙はやけにカラフルだった。


「なんだいこれ?」

「りょうり!りょうりの本!」

「料理……って、あの人間のするあれかい」

 人間界にいる人間達は、魔界の魔族と違って常に「食事」が必要になる。そのための「食材」をより食べやすく加工するのが料理らしい。


「で、その料理本がどうかした?」

「つくる!りょうりつくる!」

「はあ?」

「りょうり!つくってたべる!」


 呆れて言葉も出なかった。あたしたち魔族の中にも口や味覚を持つ奴がいる(あたしとギーもそうだ)が、魔族は基本的に大地から魔力させ吸収していれば生きていけるし、何かを食う必要もない。つまり、料理とやらはあたし達には無縁の長物だ。それをギーは、作って食うと。


「作るってあんた、作り方も分からないくせに何言ってんだい。人間の文字読めないだろ」

「わかる!このほんふれた!よみとれた!」

「ああ」


 合点がいった。魔族の姿は様々で、100体いれば100体とも姿が違う程だ。あたしは地上の人間に比較的近い容姿を持っていたらしい。もっとも話を聞く限り人間は肌が真っ白じゃないし、扉を蹴りで吹き飛ばすような力はないし、なにより右腕が馬鹿でかい剣になんてなってたりしないだろう。おかげで重くてたまらない。


 対してこのギーは打たれ強いのと跳ねるのが速い以外は、力は弱いわ、声はでかいわ、頭は悪いわでロクなもんじゃない。だが、ただ一つ、こいつには触れたもののが何か分かるという力があった。私が知る限りギーだけが持ってる力だ。まさか本の字まで読めるようになるとは思わなかったが。

「つくりかたわかる!りょうりつくる!」

「そうかい、じゃあ頑張りな」


そう言って家に戻ろうとするとギーが回り込んでくる。

「ヴェラ!ヴェラ手伝え!」

「なんであたしが手伝うんだい、ええ?」ギーの丸い体左手を掴みあげる。頭をつかまれ宙づりとなったギーがなお喋る。


「ざいりょうあつめる!おれわからない!ヴェラわかる!あつめられる!」

「あたしは意味が分からん」

「てつだえ!ヴェラもたべろ!」

 ギーがぶら下がった状態で暴れまくる。海に放り投げてあろうかと思ったが、僅かな良心が別に咎めはしないがやめた。あたしはギーを地面に叩きつけると仕方なく料理本とやらの中身を見てみる。


 本をパラパラとめくる、中には人間の文字の文章の他に、料理そのものと思われる絵がいくつか描いてあった。その絵はやけに鮮明で、まるで実際の料理を潰して本に張り付けたような印象を感じる。

「うっ……?」


 あたしがその絵を見ていると、急に口元からなにかが垂れた、唾液だ。

「よだれ!知ってるよだれ!」

「よだれ?」あたしは怪訝な顔でギーに問う。

「よだれ!おいしいものみたときにたれる!」ギーはそう言った。


 たしかにこの絵をみていると何か言い知れない感情が湧いてくる。それがなにか分からないが、何故か異様に腹がうずく。これが「食欲」なのだろうか。ギーがあたしの足元に寄ってくる。

「つくる!りょうり!たべる!」「……」


 あたしはもう一度溜息を吐いた。観念することにしよう。それにあたし自身、この料理とやらに興味が湧いてきた。

「やるなら、簡単なやつだけだよ」「つくる!つくる!」ギーがうれしそうに跳ねまくった。


 そして本を見ながらどの料理を作るかの話になった。

「よし、この料理と材料言ってみな」

「だいこんおろしハンバーグ!ひきにく!パンこ!たまご!だいこん!しょうゆ!」

「長い、ややこしい、却下。次」

「ビーフストロガノフ!マッシュルーム!サワークリーム!」

「まるで材料がわからん。次」

「オムレツ!たまご!バター!しお!」

「……ん、それだけ?」

「これだけ!」


 あたしはそのページを見る。絵には黄色いふわっとした楕円形の物が皿の上に乗せられていた。シンプルだが、それが逆に興味を引き立てられる。オムレツ、どんな味なんだ……?

「よし、決まりだ」


 頷き、料理本を閉じる。これならば手に入れる材料が少ないし、なによりこれらの材料にあたしは心当たりがあった。卵は恐らく鳥の卵だろう、バターはたしか牛から手に入るはず。両方、魔界ではほとんどいないが、飼っている奴を知っている。

「塩は……海水乾かしたらいいだろ」「りょうり!りょうり!」

「付いてきな」



「どこここ!?どこここ!?」

「うっさいね。静かにしな」

横を歩くギーを𠮟りつける。あたしとギーは森の奥の大きな洞窟に来ていた。この奥にいる「偏屈」に会うために。

「じいさん。じいさんいるか?」

「ワン!」


 返事の代わりに突然横から吠える声を聞く。「あ?」あたしが振り向くと奇妙な生き物がいた。火山にいるケルベロスに似ているが頭が一つしかない。火を噴いてくる様子もないし、鳴き声も棘が少ない気がする。この生き物は聞いた事があった。たしか……。

「いむ」

「犬だ、馬鹿者」


 奥から聞こえてきた声に振り向く。そこに頭にでっかい角を付けた全身緑色のじいさんが立っていた。

「いるんなら返事しなよオーカス」

「動物の世話をしておったのだ。お前こそいきなり何の用だ」

「ちょっとね……あんたまだ動物増えたのかい」

「放っておけ」そう言ってオーカスは近寄ってきた犬の頭をなでる。

「相変わらず暇な事してんね」


 魔界にいる生き物は大地の魔力の影響を強く受け、ほとんどの者が魔族か魔物として生まれてくる。ごく稀に魔力の影響を受けず人間界の生き物と同じように生まれてくる動物がいるが、ほとんどの奴は魔物に襲われて簡単に死んでしまう。それをオーカスは誰に言われるでもなくここで一人保護を行っている。


「わしの行いにケチをつけに来ただけなら帰れ」

「あー違う違う、落ち着きなって」あたしは慌ててオーカスをなだめる。「おちつけ!おちつけ!」

「その小さいのはなんだ?」

「や、気にしなくていいから……あのさ、あんた鳥と牛飼ってたよね。卵とバターってある?」

「何?」オーカスが眉を顰める。「どういうつもりだ?卵とバターなど……」


「あのね。あたしら料理作ろうと思ってだ」

「りょうり!りょうり!」

「うっさいね!……とにかくそれに卵とバターが必要なんだよ。頼むよ、こないだ動物の柵作るの手伝ってやっただろ」

「むう……」オーカスは俯き、しばらく考え込んだ。


「いいだろう、ついてこい」

 オーカスは顔を上げそう言うと、あたし達を手招きし洞窟の奥へと歩き始めた。あたしは小さくガッツポーズした後付いていく。

「しかしどういう風の吹き回しだ。料理などと」

「色々あってね。主にそこのチビのせい」

「チビじゃない!チビじゃない!」ギーが怒りながら足元にたかる。

「まったく……」オーカスが歩きながら肩をすくめた。



 しばらく歩くと洞窟の突き当りにたどり着いた。

「おお……」

 思わず目を見張る。そこには様々な動物がいた。馬、犬、猫。そしてお目当ての鳥と牛が。

「少し待っていろ」

 そう言うとオーカスは鳥のいる小屋の方へ入っていった。しばらくして出てくると、手に白くて丸っこいのをいくつか持っていた。

「持っていけ、ニワトリの卵だ。これは雛が生まれないやつだ」


「やったね。いや、ありがとうよ。そんでバターは」

「バターは無い。あれは作るのに時間がかかるし、第一道具が無い」

「なんだよ」

あたしが露骨に落胆すると「だが待て」とオーカスが言った。


「バターを使うということは、お前たちが必要なのはつまり、油だろう?」

「あー……たぶんそうじゃない?」ギー横目で見る。

「たぶんそう!たぶんそう!」わかっちゃいないな、これは。

「それならある、付いてこい」オーカスはあたし達を連れて牛小屋の方に入っていく。


 小屋に入ると、数頭の牛が干し草を食ったりくつろいでたりしていた。だが、その小屋の中央に、一体の牛がぐったりと横たわっている。ピクリとも動かず、息をしている様子もない。

「あれ、死んでるよね」

「そう、今朝死んだ。おそらく寿命だろう」

「ふーん……って、あんたまさか」

「そうだ」あたしの言いたい事を汲みとりオーカスが頷く。


「この牛を解体して埋葬にするついでに、油を取る。牛脂というやつだな」

「牛脂……まあそりゃあたしはいいけどよ、あんたいいのかい?」

 オーカスはここの動物をそれなりに大切にしてたはずだ。それを油だけとはいえあたし達に食わせるのは、よくわからないがツラくはないのだろうか?


「かまわん。死んで埋葬するのも、要は大地に肉を食わせているのと同じだ。それが油一つ食うやつが土からお前達に変わっただけだ」

「そういうもんかね」

 オーカスは魔族の中でも思量深いが、それゆえか妙に哲学的な考えをすることがある。そのほとんどがあたし達には理解不可能なものだったが、今回のは、なぜか少しだけ理解できた気がした。


「じゃあまあ、やらせてもらうよ」

「ああ」

 牛を外に運び出すと、あたしは右腕の剣を振り落とし、ザクザクと牛を解体する。こういう時だけこの腕は便利だ。ギーは特になにもしなかったが。いつもうるさく跳ねているこいつが、解体中だけは何故か大人しく見ていた。



「さて、いよいよだね」

「いよいよ!ヴェラいよいよ!」

 あたし達の目の前には玉子、塩、バター代わりの牛脂がある。塩は海水を乾かし手に入れた。材料は揃った。道具も木を削ったり石を砕いたりして手に入れた。後は料理するだけだ。あたしは右手で頬を叩き気合を込める。


「よし、やり」

「ヴェラ!ヴェラ!」

「うっさいね!今集中してるんだよ!」

「やらせて!やらせて!」

「はあ?」

「おれやりたい!りょうりつくりたい!」

 ギーは跳ねまくりながら興奮した様子で言った。いや、四六時中興奮してるようなやつだが今回は特にだった。


 あたしは顎を押え思案する。思えばギーは「最初から材料集めを手伝え」としか言ってなかった。最初から料理を作るのは自分でやるつもりだったんじゃ……。

「つくる!つくる!」

 跳ねるギーの両手をみる、短いがちゃんとした手だ。一方あたしは左手こそまともだが右手はこの状態。これでは作るのも難しいか。

「いいさ、やってみな」

「やった!やった!」


 あたしは岩に腰かけ、ギーが料理するのをじっと見ていた。まず器に卵を割り中身をかき混ぜる。そして火にかけたフライパン(フライパンが何かわからないが、本に乗っていた絵にそれらしきものがあったから、石を削り似たものを作った)に油をひき、そこに卵を流し込む。


「んしょ…んしょ…」

 ギーは今までに見たことが無いほど真剣だった。跳ねないし、なによりうるさくない。手つきも繊細そのものだった。あたしなら卵を割る時点で殻ごと粉砕しているだろう。こいつの力によるものか、あるいは生まれついた才能か、わからないものだ。


 ギーはフライパンもどきを器用に動かし形を整えていく、そして。

「できた!できた!」

 皿に料理を乗せ終わると、ギーは今日一番の跳ねっぷりを見せた。

「すごいじゃないか。ちょっと見直したよ」

「すごい!?おれすごい!」

「はいはい、すごいすごい」

 ギーを流しつつ、あたしは出来上がった料理、オムレツを見る。黄色くて楕円形のそれは、本の絵と比べると少し不格好だが、まぎれもなくあの本に乗っていたオムレツだった。



「んじゃまあ、いただくとするかね」

 あたしとギーは岩に腰かけ、まもなく沈むであろう夕日を眺めながら食うことにした。

「じゃあどんなもんか」

「ヴェラ!ヴェラ!」

「なんだい、うるさいね」横目でギーを睨む。

「いただきます!いただきます!」

「あん?」ギーが聞きなれない言葉を発した。

「いただきます!たべるときにいう!かんしゃのことば!」


「感謝って……誰に対してだい」

ギーはオムレツを指さした。

「これ!」

食い物に感謝? 馬鹿馬鹿しいと一笑しようとしたが、ふと思いなおす。このオムレツは鶏からもらった卵と、牛から貰った牛脂でできている。その二体に感謝すると考えれば、オムレツに感謝するというのも、あながちおかしな話でもないか。ギーは両掌をあわせると「いただきます!」と大きな声で言った。あたしもそれに倣って、左手だけ顔の前に移動させ言った。

「いただきます」


 そして、いよいよオムレツを食べる。あたしは手に入れた塩をオムレツに振りかける。昔海水を飲んだ時は死ぬほど塩辛かったから、心なし少なめにふりかける。スプーン(もどき)でオムレツを割ると、中から固まりきってない部分がトロリと溶けだしてくる。あたしはまたよだれが垂れそうになるのをこらえ、スプーンでそれを口に運び……食べた。


「美味い」

 ほとんど無意識にそうつぶやいていた。口の中に広がるたまごのとろりとした食感と風味。それが塩によってさらに引き立たされ、いつまでも噛んでいたくなるような感覚。あたしはそれを本能的に「美味い」と感じていた。

「おいしい!おいしい!」ギーもそう感じたのか満面の笑みで言う。

「ああ、美味い。こりゃ美味いね」あたしとギーは夢中でオムレツを食べ続けた。


「ご馳走様でした」

「ごちそうさまでした!」

 あたしはオムレツを食べ終え、またしてもギーに教えられた言葉で締める。料理を食べ終えたあたしは、言いようのない満足感を覚えていた。


こんな感覚を、人間達は毎日味わっているのか。そう考えると、少しうらやましくなってきた。

「にんげんかい!」

「あん?」突然叫んだギーに眉を顰める。


「おれ!いつかにんげんかいいく!おいしいもの!いっぱいたべる!」

「人間界ねえ……」

 人間達の住む国。今まで全く興味が無かったが、あいつらの世界には他にも料理がたくさんあるのだろか……。


「そうだね、いつか行けたらいいね」

「いく!いつかいく!」

 あたしはとギーはしばらく夜の海を眺めていた。空にぼんやりと輝く月が、オムレツのように見えなくもなかった。

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魔界クッキング イカナゴ @nagoika

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