第3話
久しぶりの休みが明けて家を出るa.m8:00。
家から職場は30分程で着いた。
いつも一服してから職場へ向かい、15分前には仕事を始めていた。
タバコを吸うために近場のカフェへ入ると、見た事のある女性がそこにいた。
「マネージャー。おはようございます。」
「あら、おはようございます。時野さん。あなたは相変わらず変わった方ですね。そういう人の周りにはなんだか凄いことが起きたりするのよね。じゃあ、今日もお仕事頑張って下さいね。では。」
「はい。ありがとうございます。」
名は桂 莉英(カツラ リエ)といった。
今年34になるらしい。
僕はキャラメルマキアートを購入してタバコを2本吸った。
苦かった。
会社に着くとマネージャーはデスクに向かっていた。
マネージャーが出社してくるのが早い為、皆この部署では平均的に皆来るのが早い。
「マ、マネージャー!お、おおおはようございます!」
「桂マネージャー、おはようございます!」
「(マネージャー今日もキレイ!あのスカートどこのだろう!繊細で美しいデザインよね!なんかちょっと……いつもよりオシャレじゃない!?)」
朝は大体騒々しかった。
皆揃って語尾にハートがつくような話し方である。
内緒話の声のボリュームも大きいので筒抜けだ。
マネージャーは仕事も早かった。
次々と指示を出し、成果を上げていく姿は、あらゆる人間に憧れと尊敬の念を抱かせる。
そして見た目も華やかで美しいとなると尚更だった。
だが、既に5年ほど前に結婚しているそうだ。
子供を持ちながら寿退社することなく働き続ける。
まさにキャリアウーマン、働く女の鏡といった存在なのだろう。
悪い噂は聞いたことがなかった。
そのとき、マネージャーから社内メールで連絡が来た。
「今度の企画について少し話したいことがあるの。今夜少しお時間頂いても大丈夫ですか?」
僕は新卒で入社して2年ほど経つが、あまりマネージャーと会話したことがなかった。
同じ部署の上司、輝かしい彼女と、例えそれが仕事の話であってもなんだか面白かった。
p.m18:30。
桂マネージャーに指定されていたレストランに入った。
普段来ないような、少し敷居の高いところだった。
それも、名前を伝えるとどうやらVIPの個室らしかった。
ビルに入るなりかなりの階数を登ってきたこともあり、夜景がとてもキレイだった。
「さすがだな……。」
席で座って待っていると5分もしないうちにマネージャーは来た。
「お待たせ。」
社内では羽織っていたジャケットを脱ぎ、縛っていた髪も下ろされていた。
ノースリーブの白地に黒い縁の花柄のワンピース、栗色のふわふわの髪が揺れる。
全身の毛が逆だったような気がした。
「さっそく、本題に入らせてもらいますね。」
顔にかかる長い髪をかきあげてそう言った。
乾杯をして、軽く前菜を食べた後、マネージャーはすぐに真剣な顔つきになった。
「今回の案件だけど、時野くんにリーダーになってほしいの。」
「え、僕がですか。お言葉は嬉しいのですが、まだ入って間もないですし、他にも向いている方は沢山いると思います。」
「違うわ。あなたは自分の実力を知らないのね。あなた、とっても評判良いのよ。今回は練習だと思って、これから成長していく為に請け負ってほしいの。もちろん、大変だと思う。私も支えるし、分からないことがあったら聞いてほしい。どうかな。」
学生の頃に生徒会長をやったり学級委員をやったりはした。
だけど学校と会社は違う。
重荷が、なにより大人の世界では常に責任がつきまとう。
だが、これはチャンスだ。
「やらせてください。」
マネージャーはにっこりと微笑んだ。
良い時に、良いタイミングで機会をくれる。
この人は天才肌だ。
そのあとにはカプレーゼ、カルパッチョ、アヒージョと続き、メインはフィレステーキだった。
デザートのガトーショコラを食べている時には何故か僕は酔ってしまっていた。
きっと、とても上品で滅多に口にしないような味なのに、全然味わえていない。
連勤の疲れが抜けていないせいか。
「あら、時野くん眠いの?」
「いえ、ちょっと酔ってしまったようで……。」
僕はお酒に弱いし疲れも残っていて酔いやすい状態にはなっている。
だが、それ以上に。
「マネージャー。」
「え?なにかしら。」
マネージャーは僕の空いたグラスにワインを注ぎながらにっこりと笑った。
「もう、もう流石に大丈夫です。」
いや、それにしてもマネージャーは強いな。
まったく酔っていないように見えた。
上機嫌なマネージャーを制しながら、僕は最後の1杯を飲み干した。
仕事の話で来たのにこんなに酔わせられるなんて。
酔ってしまう僕も僕だがこれは少々マズイ。
耳のない食パン TANIKO @Yusa1996
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