第5話バイト戦士は砕けない

小さな押入れのようなところで布団を敷いて、俺は小さく寝転んだ。

こんな狭いところで寝たのは、いったいいつぶりだろうか。

かつて、仲間たちと魔王を倒すべく旅をしていた頃を思い出す。

あの時も確か、こんな狭いところで寝たこともあったかな。

なかなか寝付けないので、ベランダに出ることにした。

ベランダに出ると、なんだか懐かしい感じがした。世界は違えど、月は1つだけだし、夜になれば星々が見える。

これからどうすればいいのか。いつまでもこんなところにお世話になるわけにもいかないし、かといって、行くあてもない。

大体、異世界に送るなら何かしらアイテムみたいなものくらいくれたっていいじゃないか。

飯もない、金もない、知り合いはいない、そもそも勇者とかこの世界だと必要ない。

戻りたいな…、元の世界に。

今、俺にできることといえば、自立して生きていけるように頑張ることくらいだ。

明日から、働こう。そうしよう。

ベランダから部屋に戻る途中、小さい寝息が聞こえる。

すうすう、と眠る彼女の寝顔は可愛らしく、なんだか少し見惚れてしまう。

もしも、こんな可愛い女の子が彼女になってくれたら…、と思ったが、ありえなさすぎる現実に悲しくなって眠った。


夜が明けて、太陽と共に鶏の声が聞こえる時間に、目が覚めた。

狭い押入れのようなところで寝ていた割には、体は痛くない。

布団から出て、部屋に行くと、すでに着替え終えていた彼女がいた。

「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」

「おかげさまで、よく眠れましたよ」

彼女は、にこりと笑って会話を続ける。

「それは良かったです。これからどうされるんですか?」

「特に行くあてもないですし、この辺のことも詳しくないですし、良かったら寝泊まりできそうなところ教えてくれませんか?」

「それは、わからないですけど、バイトのチラシならありますよ」

彼女は冷蔵庫に貼られていたチラシを渡してくれた。

「……バイト?」

「はい、そうですけど?」

なんだ?バイトとは一体どんなものなのだ?

知らなかったが、知っている風にチラシを受け取り、どんなものか確認する。

「この飲食店のバイトなんかいいと思いますよ。賄いで食べれるかもしらないですし」

なんとなくわかったが、バイトとは俺のいた世界で言うところの職場の手助け、あるいはクエストとでも言うのかもしれない。

「じゃあ、俺、バイトしてきます。今までありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ」

「あの、もしよろしければ、名前教えてくれませんかね? 知り合いは1人でもいた方がいいので」

「私の名前は清水春菜って言います。また機会があれば、声をかけてくださいね」

そう言って、彼女、清水春菜との会話は終わった。

結構可愛かったな、そう思いつつ、別れを惜しみながら、俺はバイトを求めて街に出た。


バイトを求めて街に出た俺が最初にやってきたのは、清水春菜に教えてもらった飲食店だ。

一体、こいつらが何を食べているのかすらわからないが、とりあえず店長的な人に声をかけて見た。

「すいません、バイトしたいんですけど」

「バイト?ああ、そう。じゃあ、中に入って」

そう言われ、俺は店の中に入って行く。

「じゃあ、まず履歴書ちょうだい」

「履歴書?なんですか、それ。食べ物ですか?」

「いや、食い物じゃねぇし、ってか、履歴書ないんじゃバイトは無理だよ。今日は帰ってね」

職場に戻ろうとする店長に、俺は慌てて店長の足をつかんだ。

「いやいやいや、そこをなんとかお願いしますよ〜。なんでもしますから、モンスターでもドラゴンでも倒しますから。これでも勇者だったんですよ」

「だから、うちはそんなドラクエ風な店じゃないから。別にモンスター倒して報酬金あげないから」

「そこをなんとか〜」

「ダメなものはダメなんだよ。とっとと帰りな」

そう言い告げられ、俺は飲食店を渋々後にした。


それからと言うもの、ことごとくバイトの面接で落ちまくり、気づいたら、1日が終わろうとしていた。

この世界は、金を稼ぐことはおろか、職につくことすらできない。

自分なりに考えて、図書館で『面接必勝マニュアル』と言うものを読んだりてして、バイトに望んだりしたが、結果は変わらなかった。

チラシに載っているバイトは全て落ちた。

俺は、ぶらぶらと街を歩いていると、一枚の張り紙を見つけた。

その張り紙には、『日給10000円!誰でも採用します』と、書かれていた。

今まで、この感じのバイトを全て落ちてきた俺であったが、まぁ、やるだけやってみようと思い、そのバイト先に行くことにした。

暗い、街灯もないような暗い夜道を歩いているとふと思う。

こんなところにバイト先なんてあるのだろうか。もしかすると、あの張り紙は嘘だったのかもしれない。

とても、人がいそうな感じはない。

そろそろなはずなんだが、そう思いながら、歩き続けていると、ついに館のような場所を見つけた。

俺は、館にこんこんとノックをする。しかし、反応がない。

仕方ないので、がちゃりと扉を開く。

「あのー、バイトしたいんですけど、誰かいませんかー?」

それでも反応がない。

仕方ないので、館の中に入ることにした。きっと誰かしらいるだろう。もしいないのであれば、その時はここが俺の家としよう。

館の中を歩いていると、光が漏れている部屋が1つだけあった。

そこの部屋に入ると、そこには、1人の少女がいた。

茶色の腰までかかるのではないかと言うくらいの長髪に、ぱっちりと見開いた瞳。長く整ったまつ毛。小さく、華奢な体をしていた。

そして、少女は長い髪の毛を払い。

「ようこそ、元勇者様」





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