第16話

「ほんでな、僕、なんも考えずに取り敢えず君に会いにきたもんやから、ほら、荷物も全然ないんや。困ったもんやろ。」


そう言って柳瀬くんは全く困った様子もなさそうに笑う。


『これからどうするの?』


私が文字を見せると柳瀬くんは「なにをあほな」と呟いて当たり前かのように「観光や。」といった。


「連れてってや、はよ行かな暗なるで。」


そう言って柳瀬くんはいそいそとまだお茶の入ったグラスを洗い場へ持って行くと玄関へ行って靴を吐き出した。呆気に取られている私のことなんて放っている彼にだんだんと腹が立ってきて文句の一つでも言ってやろうとiPhoneに指を滑らしたけれど、誰かに腹を立てている自分がなんだか久しぶりに思えてしまって、そんなことを考えていると柳瀬くんへの怒りも勝手に引いていって文字を打てなかった。


「はよう、なにぼうっとしてるんや。」


そういう柳瀬くんに、最後の抵抗として大袈裟にため息をついて私も玄関へ向かう。もう外のエレベーターの前に立っている彼にはそんなため息すら届いていないみたいだけれど。








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