第6話
実家の荷物まとめはかなりの日数を要した。
いく前は三日程度で終わって東京に帰るつもりだった私も、実家の自分の部屋の襖を開けるなり、甘かったと気付いた。確実に一週間はかかりそうな勢いであの頃の乾いた青春と若かった過ち、教科書に紛れた不快感、私の嫌悪、それら全てを含んだぬるい空気が流れていた。学生の頃使っていた机の上には今もなおごちゃごちゃとペンやノートが置かれていて、床の畳の上には出て行くときに置いて行った卒業アルバムや、学生鞄が放り出してあった。カーテンレールにはハンガーにかけられた制服まで、ご丁寧に、まんま、あの頃のままだ。
結局、それら全てを段ボールの箱に詰めて近くのゴミ捨て場に運ぶのに、五日間、私は自分の部屋とゴミ捨て場を行き来するだけの生活を送らなければならない程だった。
東京へ持って帰ろうと思ったものは、ダンボール一つ分、それでもまだ隙間が残る程度のものしかなかった。箪笥や、勉強机、本棚。その他諸々全て捨ててしまった。
すっきり片付いた部屋は畳のいたるところが変色して、擦り切れ、埃の煤けた匂いがした。六畳ちょっとの何もない空間がこれ以上にない生活感を漂わせて、私の青春をまだ残しているのが、また不快だった。
「明日、帰ろうと思ってる。」
晩御飯を食べ終えた後、席に残る兄と、父親に向かっていった。
「もう帰るんか。」
「帰るよ。東京でも、次の職場に近いところは引っ越そうと思ってるから。」
早めに帰りたいの、とは言わなかったけれど。そうか、と呟いて父はもう話が終わったようにテレビのリモコンを手に取る。
「1日、ずらせへんか。」
黙って聞いていた兄が突然言った。
「この前言うてた、小林くん、おるやろ。この前またおうてな、結衣帰って来てるんやろう、て。会いたい言うとったで。」
兄のその言葉にぞっ、と寒気がするのがわかった。どうして、なんて思うのは愚かだ。知っていて当たり前、ゴミ捨て場と実家の行き来しかしていない私が地元に帰って来ていることを、小林くんが知っていても、なんらおかしくはない。そう思えば思うほど体から嫌な汗が噴き出す。
「会えや、どうせ同窓会も言ったらんて聞いたぞ。会えよ。」
兄の低い声が腹の奥の方まで響く。もう命令に近い。強制力はなくとも、従わせる力がある。優秀な兄は、他人の上に立つ人間なんだろう。
この街に共有できないものはないんじゃないか。
本気でそう思って、小さくうなずいた。
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