第5話
「そういやお前、小林さんって知っとるか」
食事を食べ終わりわたしが早々に席を立とうとすると兄がそれを止めるように声をかけた。
「小林?」
「せや。小林、なんやったか、恭介、か。」
小林恭介《こばやしきょうすけ》は、見知った名前だった。小学校、中学校の時の同級生で、一クラスしかなく、人数も少ない学校では関わることはなくても全員の名前と顔が一致していたから。小林くん、もうなんと呼んでいたのか忘れてしまったけれど、記憶の中の彼は小さくて、その体全部から元気に明るい雰囲気があるような、そんな感じの子だった気がする。少ないクラスメイトの中でも常に大きな声で周りの子たちから注目を浴びる彼はぼんやりと記憶か残っている。だからといって彼と私が特に関わった覚えはないし、特別思い入れのある出来事もなかったように思う。もう小学校の時から私はこの町が居心地悪くて、この町の人たちも苦手だったから。そんな私は、なぜここで小林くんの名前が出てくるのか、検討もつかない。
「知ってるけど、」
それがなに、という顔で兄を見る。
「小林くんな、役場の前の郵便局に就職したそうや。ちらほら、スーツ来とる彼を見かける」
兄は興味があるのかないのか、わからない顔でそういう。むしろ小林くんの顔を兄が知っていることに驚いたけれど、考えればそんなもの、この町では当たり前だった。
「そうなんだ」
だから、なんだと言うのだ。口には出さないけれど、先程からずっと兄に対して思っている。なにが言いたいのかわからない。
「会うてみたらどうや」
唐突に、兄はそう言った。会う。私が、この町の人に。同級生に。兄はそれが言いたくて、私にこんな話をしたというのか。私がこの町を嫌っていることは、兄が一番わかっていると思っていた。理解者であるとは思わないけれど、この町と私がどれほど相入れないか、兄は隣で見て来たはずだった。この町に愛されて取り込まれていく兄と、この町を受け入れられなかった私と。
「会わない」
答えはそれしかなかった。兄は「なんや。そうか。まだか。」と独り言のように呟きながら、もう用がないというように食事を再開した。
「 」
部屋に戻ろうとドアに手を伸ばした時、後ろから兄が何かを言った、ような気がした。聞き取れなくて振り返ると、兄は背中を向けて食事をしていて、聞き返すタイミングもなく、そのまま部屋へと戻った。
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