第3話

小さな門をくぐって、少し右にカーブしている石畳を歩くと引き戸の玄関がある。力を込めて引き戸を引くとガタガタッと鍵のひっかかる音がした。平日の昼間なのだから当たり前だ。私の両親は町の子供しか行かないような学校の教師をしているし、兄は町役場で働いている。祖父母は健在で家にいるはずだったけど、どうやらそれも何処かへ出かけてしまっているようだった。玄関の横には祖父の趣味の盆栽がずらりと並んでいて、盆栽に沿って歩くと庭があった。ちょっとした池に鯉が二匹泳いでいる。白と赤の鯉と、真っ黒の鯉。祖母が白と赤の方には鯛と名付けて、真っ黒の方には鴉と名付けた。家族みんなが反対する中で祖母と私だけがそう呼んでいた。町は多少の変化があったけれど、実家は益々変わらずにいて、四年前から時間が止まっているようで、尚更、気分が悪い。池の横、30センチ程度の石畳が庭のさらに奥の方まで続いていて、そのまま縁側へと出られるようになっていた。じゃり、じゃり、と石畳の上をヒールで歩く。予想以上に歩きにくい。


「おかえり」


足元ばかり歩いていると声がした。

ゆっくり見上げた先には、縁側に座る祖母がいた。綺麗な白髪に作務衣のようなものを細い体に着ている。皺だらけの顔にはそれでも上品さが残っていて、目つきは鷹のように鋭く、鋭利だった。


「ただいま。」


そういうと祖母はまたゆっくりと縁側の前に植えてある梅の木を見上げた。濃い桃色をした梅の花の下に小さく白い梅の花が咲いていた。


「綺麗だね。」


つい、口からこぼれてしまった。梅だけじゃなく、それを見上げる祖母も、綺麗だったから。祖父母と、両親と、兄。私は家を出るまでずっとこの六人で暮らしてきた。皆、好きにはならなかったけれど、祖母だけは、どうしても目が離せなかった。他の家族がすることには興味なかったけれど、祖母が家を出るときだけ、「どこいくん?」と聞いた。昔から、ずっとそうだった。おばあちゃん子なんやねえ、と親戚には言われた。だけど祖母とずっと一緒にいたわけではなかったし、祖母も、私を側に置いたりしなかった。彼女はずっと一人か、または一人になりたがっているように思えた。


「あんたも、綺麗になったね。」


祖母はそう言って私を見た。なんだか泣きそうになって、ありがとうも何も言えなかった。


「孤独はね、その人を綺麗にするんよ。本質を豊かにして、味の深さは増してゆく。東京に行って、正解やった。」


正解やったよ、祖母はもう一度呟いて、私を見た。鷹のようで、細く、鋭利な目で私を見て皺を寄せて微笑んだ。


「私も、そう思うよ。」


そういうと祖母はゆっくり立ち上がって「お上がりよ。鍵、あいとるから。」と家の中へ入っていった。


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