第2話 カモフレ
「お待たせ致しました」
「ありがとうございます」
私は店員さんからカップが2つ乗ったトレーを受け取ると、席まで急いだ。
「遅かったわね。待ちくたびれたわ…」
気配で分かったのか、亜美先輩は窓の外を眺めながら、言い放った。
先輩の放言はお構いなしに、私は先輩の前にコーヒカップを置くと、席についた。
「それで、煉先輩と文化祭で仲良くなって…告白されて…でも亜美先輩は先輩を好きじゃないのに返事を保留して…それから?」
「(なんて立場でいたんだこの人は…告白されたのに返事を出さないなんて…一体どうしたら、自分の事を好いている人にこんな酷い仕打ちを…)」
相変わらず外を見ながらカップを静かに啜る先輩に懐疑的な眼差しを向けながらカフェモカを啜っていると、突然こちらに向き直り、険しい表情でその重い口を開いた。
「その当時、煉のことを男性としては見れなかった。でも、部活のマネージャーとして、選手のコンディションを崩す訳にはいかなかった。そこで、煉の友だちでもある功治、あなたが言う私の彼氏にお願いして、自然に気持ちを乖離させようと試みたの」
「私が言う、先輩の彼氏!?」
そう言い放った先輩は、私の問いかけを無視し、再び記憶の海を泳ぎ始めた…
「亜美!一緒に帰らないか!?」
「ごめんね煉。悪いけど一緒には帰れないわ…」
「…そっ、そうか…き、気をつけて、帰れよ」
その場に立ち尽くす煉の横を通り過ぎ、部室のドアを開ける。
そしてわざと聞こえるように、外で待っていた『彼』に声を掛けた。
「功治!ごめんね~。待った!?」
「ぜんぜん!俺も今来たところさ」
「今日はどこでお茶してく?」
「…」
「…それって、煉先輩の友だちに恋人のフリをさせた、ってことですか!?」
「ちょっと!私が話してるっていうのに、横槍入れないでくれる!?」
「だって…煉先輩があまりにも残酷過ぎるじゃないですか!」
「でも、はっきり断られた方が当時の煉にとっては辛いはずじゃない!?今ならそんなこと絶対しないけど、当時の私はまだ高1だったし、煉の選手生命を第一に考えていたわ。だから、気持ちを離れさせるために、こんなこともしたわ…」
「亜美!遅くなってごめん!先生との話が長引いちゃって…」
「…」
「♪~君の気持ちを考えるとぉ~♪」
「功治ぃ~私、うっとりしちゃうわ…」
「そっ、そうかな…おっ、沢継!!やっと来たか!」
「遅いわよ!沢継君!!」
「功治…お前も来ていたのか…」
「私が呼んだの!沢継君には二人でって言われたけど、人数多い方が楽しいと思って!」
「…」
「お~い、煉!!いつまでそこに突っ立ってんだよ!」
「…」
「うっうっ…グスン」
「…ちょっと!何であなたが泣いているのよ!」
「だってだって…先輩!あなたは鬼ですか?それとも悪魔ですか?」
「仮にも先輩に対して、余りな物言いじゃない!?」
「そこまでする必要あったんですか!?先輩は、煉先輩に返事を返すのが嫌だっただけじゃないんですか?」
「そうかも知れないわ…結局、私の口から別れを告げることはできなかった。あなたの言うように、私は、煉に別れの言葉を言うのが嫌だったの。いや、いつしか言えなくなっていたのよ」
「それって…」
「あなたには勝手だって言われるだろうけど、恋人ごっこをしているうちに、功治が本当に恋人だったらって考えたの。そして、違うと悟った…」
「…」
「あなたのお姉さん、真琴がけやき商に入学してきて間もなく、告白されたわ。本当に付き合わないか?ってね。でも断ったわ…違うと悟っていたし、既に私の中で煉の存在が大きくなっていたから…」
「それじゃあ、何で先輩と付き合わなかったんですか!?まぁ、私的にはそれで良かったんですけど…」
「怖かったのかも知れないわね…煉は、あれから1年以上経っても、相変わらず私にアピールを繰り返していたわ。でも、そう分かっていながら、私は私に自信を持つことができなかった」
「煉の私に対するアピールは全て偽者で、私から煉に歩み寄ってもし裏切られたら…」
「煉から言い寄られる度に、私はそんなことばかり考えるようになった」
「つまり、先輩は保身に走ったわけですね…」
「手厳しいわね…でもその通りよ。煉に答えを出さない限り、煉は諦めない。だから、答えを出さずにいよう。私はそう考えたの」
「分かりました!もう結構です!」
カフェモカの代金をテーブルの上に叩きつけ、乱暴に椅子を後ろに押しやると、勢いよく立ち上がりその場を去ろうとした。
その時、突然目の前に現れた男性に、私は右手を掴まれ、行く手を遮られた。
「ちょっと、待ってくれないか?」
「功治!あなた、なんでここに…」
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