九番打者

レッドスターズの九番打者は石川。


この起用も森国の考えによるものだった。

DH制無しの場合、九番には投手を据えるのがセオリーだ。

野手を起用するというのは珍しいケースである。


ネクストバッタースサークルに入るため、ベンチを出ようとした石川を森国は呼び止めた。


そして、耳元で何かを囁くと、石川の背中をポンと叩いてグラウンドに送り出した。



ダイヤモンズ側にとっては石川についても殆どデータがない。二軍でも試合出場の機会は少なく、残っていたとしても数字のデータのみで、どのような選手かは分かっていないだろう。



石川は打席に立つと、足場をならして構えた。バットをやや短く持ち、少し身体を縮こめるように、投手と相対した。


石川はそれほど身長が高いわけではない。プロ野球選手の中でも小柄で170センチあるかどうかといったところだろう。


それがさらに身を小さくすると、投手にとってストライクゾーンはかなりの狭さになる。


もちろん、ダイヤモンズの大八木にとっては、そんな石川であってもストライクを入れることは苦にもならない作業である。




そこをいかにかき乱すかが、鍵だった。



石川へと投じた初球。大八木は狙った通り、内角ギリギリへのストレートを放った。


石川は瞬時にバントの構えへと移り、セーフティーバントを試みた。



三塁線上に絶妙な力加減で転がったバントは、前進してきたサードの判断によって、ファールグラウンドに切れたところで捕球された。



それはどうということはない。



ただ、意表を突かれたとは言え、サードがボールに触れた時には、石川はすでに一塁へと到達しようとしていた。



「速い」



ダイヤモンズのベンチにはまたも不気味な雰囲気が漂った。



「この選手は一体何者なのか?何故、これまで一軍で起用されなかったのか?」



そんな疑問が灯明寺を始め、各々の脳内に過っていたのだった。

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