まさか

「何はともあれ、ここまでは予定通りですね」


ベンチでそう森国に話しかけたのは相沢だった。

当番を終えたばかりだが相沢に疲れは見えない。


「恐らく、ダイヤモンズも相当面食らってるだろうな。どうだ?開幕投手を務めた気分は」


「久しぶりに緊張しましたね。いつもは観客なんて居ませんでしたし、結果を求められることも無かったですから」



森国は腕を組みながら笑う。



「そんなに緊張してるようには見えなかったがな。いつもの雰囲気とは全然違ったようにも見えた」



「ああ、それはよく言われますね。マウンドに上がると別人のようだって」



ダイヤモンズの打者に対する挑発的な表情。それは確かにこれまで森国が見てきたものとは違っていた。



獲物を狙う大型動物のような獰猛な表情でもあり、仕事を完璧に成し遂げる殺し屋のような冷徹なポーカーフェイスでもあった。




「それで、次はどうします?」



「それはもう決まっている」



二回のレッドスターズの攻撃も好投する大八木の前に三人で終了。



ここで、再び森国はグラウンドへと足を踏み出した。

そして、主審に向けてある言葉を告げる。


広島ドームはざわめきに包まれた。


それも、これまで聞いたことのないほどの、驚愕を含んだ大きなざわめき。




「レッドスターズ、選手の交代をお知らせいたします」




茫然としたのはダイヤモンズの灯明寺だった。


「そんな、バカな!」

いち早く森国の意図を察した灯明寺も言葉を失っていた。



「レッドスターズ、投手の坂之上に変わりまして、鹿野。背番号29」



実質的エースの坂之上を1イニングのみで交代させ、先発ローテーションの一人とみていた鹿野を投入させた森国。


現状をまだ理解しきれていない灯明寺。



「まさか」


灯明寺がベンチで思わず口走った声が聞こえていたかのように、対面のベンチから灯明寺を見ていた森国は呟いた。



「その、まさかですよ」


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