サウスポー 4
時は再びロッカールームへ。
泣きながら、声を震わせている藤堂。これまでの冷静で淡々とした態度とは打って変わり、森国も見たことがないほどの狼狽えぶりだった。
「ごめん、実はさ、尼崎さんから色々話を聞いたんだ。でも、藤堂君のイップスを治す方法までは思いつかなかった。俺にも何か力になれる事があればと思ったんだけど。尼崎さんも本当に心配して、一緒に考えてくれたんだけどね」
「その、尼崎って人は、今も監督をやってるのか?」
森国は、その尼崎という人物がどういう人間なのかをもっと聞きたかった。だからこそ、そんな質問が口をついて出た。
「いえ、実はもうやっていないんですよ。『俺は一人の大物選手を潰したんやから、そんな奴に監督やる資格はあらへん』って」
「そうなのか」
「ええ、でも尼崎さんは、藤堂君が卒団してからはずっと、藤堂君の試合だけは心配で見に行っていました。そして、藤堂君が右で投手の練習をしていると知った時、本物だと思ったそうです。普通ならそんな事考えもしません。悲劇に打ちひしがれて、野球を続けるかどうかの決断をするしか道はないと普通は思うでしょう。でも、藤堂君はもう一つの道を自分で作り上げたのだと。そんな努力ができる選手を自分の教え子はおろか、これまであった選手の中でも一人か、二人だと。そんな事を言ってましたね」
藤堂は顔を下に向けたまま、じっと黙っている。唇を噛みながら自分の不甲斐なさに悔しさを感じていた。
「もう、いいんじゃないか?藤堂」
森国は表情を緩めて、藤堂に近づき、頭をくしゃくしゃと撫でた。
「監督、もういいって、どういう?」
言葉を発する事が難しかった藤堂に代わり、相沢がそう訊いた。
「だから、もう苦しまなくていいってことだ。多分な、藤堂を苦しめてたのは俺だ。俺は、プロは結果が全てだと思っている。それは当然だ。だから、結果を出させようとするし、出なければ冷徹になってクビも宣告しなければならないかもしらん。だが、それと同時に、選手に100パーセントの力を出させるのも俺の仕事だ。俺は、藤堂の事を何も分からないままに、結果だけを出せと言ってきたんだ。そりゃ、選手からすれば怖くもなるよ」
「それじゃあ、俺は、俺は一体どうすればいいんですか?また、二軍に行くんですか?それとも…もしかして、クビになるんですか…?」
低くくぐもった声で藤堂がようやく口を開く。
「いや、それは俺はもう口を出さない。どうしたいかは、自分で決めろ」
「自分…で?」
「とにかくな、お前は今日、先発しろ。右でも左でも良い、好きな方で行け。あと、一軍に残るか、二軍に戻るのか、それもお前の選択に任せる。俺にできるのはこれくらいのことしかないんだ。あとはこの試合で自分の問題にケリを付けろ」
藤堂は涙を右手で拭ったあと、どこか決意を漂わせた表情になった。そして、口を結んだまま、ゆっくりと森国に向かって頷き、グラウンドへと向かった。
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