雑草 3

翌日、レッドスターズのオープン戦は藤堂が先発する予定となっていた。

相沢は朝一の飛行機で沖縄に戻り、その球場のロッカールームで藤堂が来るのを待っていた。


藤堂は確かに、普段の行動こそ謎が多い人間だが、試合がある日、時に自身が先発予定の試合日は誰よりも早く球場に来る。相沢はその事を栃谷から聞いていたからだった。



ロッカールームのドアが開く。目の前に居たのは、藤堂ではなく、監督の森国だった。

「相沢、またやってくれたな」

相沢は悪気もなしに「まあ、そう言わないでください」と森国を宥めた。

「それで、ローテーションの柱になりそうな選手ってのはどこに居るんだ?」

相沢は森国の背後に迫った人影に向かって手を振った。

「お疲れ様、君を待っていたんだ」

森国は慌てて後ろを振り向く。

「ちわ」

藤堂だった。態度は相変わらずふてぶてしく、会話の声も聞こえるかどうかというほどの小さなものだ。

「監督、昨日言ってたローテーションの柱、来ましたよ」

「いや、藤堂じゃないか。元からうちにいる選手だ」

「そうですよ。だからタダでしょ?」

「お前、何を言ってるんだ?理解が追いつかん」

「とにかく聞いてくださいよ。彼はこれから変わるんです」

藤堂は二人の会話を無視するように自分のロッカーへと進み、着替えを始める。


「藤堂君、ちょっと、良いかな?」

相沢があらためて声を掛ける。

「いったい何すか?」

「質問をさせてほしい。すぐに終わるから」

「すいません、勘弁してください」

「昨日、尼崎さんに会ってきたんだ」

「はあ?誰っすか?それ」

「君が少年野球時代の監督の尼崎さんだ」

「知らねえっす。そんなやつ。もういいすか?練習したいんで」

着替え終わり、ロッカールームをさっさと出て行こうとする藤堂に対し、相沢は険しい表情でそれを引き留めた。


「大事なことなんだ!」


森国は口を閉じたまま、じっと二人のやりとりを見守っている。

藤堂も相沢の勢いに飲まれ、ぐっと押し黙った。

「藤堂君、君がどんな野球人生を歩んできたのか、そして現段階でどういう状況に陥っているのかを聞いてきたんだ」

「はあ?あのオッサンに俺のことなんか分かるわけねえだろ!」

藤堂も徐々に感情的になり、思わず声が荒くなる。

「分かるんだよ。尼崎さんはずっと、君の事を心配してきたんだ」

「そんなわけねえよ」

相沢はため息をこぼす。

「もし、俺が尼崎さんの立場でも心配するよ」

森国が浮かんだ疑問を口にする。

「その人は何でそんなに藤堂を気に掛けているんだ?」





「それは…。それは、自分の教え子が利き腕ではない方の腕で投手をし、プロ野球の世界で苦しんでいるからですよ」





「利き腕じゃ…ない?」



森国の思考回路はやはり、その事実に追いつくことができなかった。

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