サウスポー 1

「はあ?藤堂は高校からずっと右上手の投手だぞ?利き手じゃないって…」


森国は僅かに戸惑いながら、相沢にも、藤堂にも問いかけるように声を上げる。


「確かに、高校時代も大学時代も藤堂君は右投げでした。でも、元々はサウスポーだったんですよ」


藤堂は何も言わず俯いたままだ。


「でも、何故なんだ?何故、わざわざ利き手じゃない方で投手を?」


森国の疑問も最もだった。野球をやる上でわざわざ利き腕ではない方で投手をすることがいかに困難で不利な条件かは、経験者なら言わずとも分かる。


「私が疑問を抱いたのは先日のロッカールームでの出来事があったからです。私も投手ですから、利き腕というものにはやはり敏感で、特にプロの投手ともなれば、輪をかけてナーバスになります。利き腕の方ではバッグを担がないし、不用意に触られたら、無意識に振り払うでしょう。だから、私はわざわざ藤堂君の利き腕ではない方の、左肩をトントンと叩いたんです。でも、彼は恐ろしいほどの勢いで振り払いました」


これは投手にとって無意識にとってしまう行動かもしれない。肩は投手にとって命である。ちょっとした違和感があれば、それは微妙なコントロールに影響しかねないし、一切の不安をそこに抱きたくはないのが、投手の心情というものだ。だからこそ、少しでも負担を掛けないように注意を払うのは当たり前といえば当たり前なことだろう。


「そこで思い浮かんだのは、藤堂君は左利きではないかという仮説です。しかし、その裏付けはどうしたらいいのか。監督も先ほど言ったように、高校時代は既に右投げでした。だとしたら、小学生の時はどうだったのかを確認してみようと」


「それで、その尼崎って人に聞いたってことか」


森国は相沢の奇行について、ようやく脳内での整理が追いついてきたようだった。


「そうです。尼崎さんは藤堂君の子供の頃から現在に至るまでの歩みを教えてくれました。そして、何故、今右投げでいるのかも」


「故障か?」


そう考えるのが普通だろう。左利きの選手が右投げでプレーするとしたら、原因は何らかの怪我で投げられなくなっていると。


「まあ、きっかけは怪我かもしれませんが、それはもう治ってます」


「治ってる?」


藤堂は下から一切、視線を上げようとはしない。

相沢は説明を続ける。


「ええ、彼は確かに昔、一度左肩を故障しました。でも、今投げられないのは精神的なものです。この事も尼崎さんに確認してきました」


「精神的な…もの?」


「ええ、藤堂君は、イップスなんですよ。故障した時の記憶を思い出してしまい、左では投げられないんです。怪我はもう、治っているのに」



「治ってなんかねーよ!」



ロッカールームが揺れたかと思うほどに、藤堂の怒声が響く。


「俺の左腕はもう治らねえんだ!」



藤堂は歯を食いしばりながら、泣いていた。

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