招かれざる男 2

翌日。相沢がオープン戦の球場に入ると、ロッカールームにはすでに坂之上の姿があった。すでに準備は終えているようだったが、ベンチに座って何やら考え込んでおり、何処となく表情が冴えない。


「坂之上さん、今日は早いですね」


その声で相沢に気づいた坂之上が、ようやく顔を上げる。


「あ、ああ相沢か。いや、ちょっとな。今から二軍から選手が一人、上がってくるんだが…」


坂之上はそこまで言ってから、再び黙り込んでしまう。

「上がってくるけど、何なんです?」


「相沢、藤堂って知ってるか?」


相沢には何となく聞き覚えがあったものの明確な答えはすぐに出てこない。


「その人が上がってくる選手ですか?」


「そうだ」


藤堂、藤堂…と何度か呟いてるうち、それらしき記憶に辿り着いた。


「思い出しましたよ。あの、乱闘事件の時に投げてた選手ですよね」


あの乱闘事件とは、二年前の事だ。確かシーズン終盤で、レッドスターズの最下位も確定していた頃の試合だったはずだが、藤堂という投手が放った危険球によって、敵味方入り乱れての大乱闘事件が発生した。当の本人も負傷して体のどこかを骨折したらしいという話もあったはずだ。


坂之上は相沢の記憶に対して「その藤堂だ」とだけ言った。以来、その投手の名前をテレビや新聞で見かける事はなくなり、相沢も今の今まで、存在を忘れていた。


「でも、その投手が上がってくるのに、坂之上さんは何故そんなに深刻そうなんですか?」


「これはな、表立っては知られていないが、あの試合以来、藤堂は変わっちまったんだ」


「変わった?どう、変わったんですか?」


「人間的にも、プロ野球選手としてもだ。んー、例えば、普段の練習でも文句や愚痴しか言わない。そして、練習時間が終わる前に勝手に帰る。基本的に一人で行動してるから、練習後や、試合後にもどこに行ってるかは知らんが、遠征先だと朝まで飲み歩いてるという話も聞くぐらいだ。それで極め付けは…」


坂之上はまず、手首でボールを投げるスナップを見せ、次に右手を銃の形をしてから、こめかみに当てて、撃つようなポーズをした。


「それって、試合とかで、わざと頭部を目掛けてデッドボールを当てている…ってことですか?」


坂之上は至って真剣な顔で「そうだ」と返した。


「ちわ」


気だるそうな声が入り口から響いてきた。

金色に染められた長めの髪に、斜めに被ったキャップ。ユニフォームは外にだらしなく出されている。

坂之上の眉間に皺が寄ったのを見て、相沢は、この選手が藤堂なのだと直感した。


藤堂は坂之上や相沢には、その一言を放っただけでドサッとショルダーバッグを置く。そして、ガムを噛みながらようやく身なりを整え始める。


相沢は目で坂之上に「本当に大丈夫なんですか?」と訴えたが、坂之上は「俺にも分からない」と言うような勢いで、無念そうに首を横に振った。

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