約束 3
相沢、栃谷、森国の三人は疑惑の日の試合の映像を確認し始めた。
注目すべきは鮫島が守備についている時の動きだ。
「ほら、これを見てみろ。帽子を触った後、胸、右耳、そしてもう一度帽子に触れる。他の動きもこのパターンだ」
森国の説明を受け、相沢は「やっぱりそうか」と納得したように声を出す。
「な?これじゃあもう、言い逃れはできないだろう。動き自体ははっきりと目視できるし」
「いえ、やっぱりというのは、やっぱり鮫島君はやっていないということですよ?映像を見て確信しました」
森国はポカンと口を開けている。相沢の言葉が理解できていないようだ。
「監督、当日のスコアブックとこの映像、ちゃんと突き合わせて検証しました?」
「いや、していないが…」
相沢は栃谷に当日のスコアを持ってきてもらうよう頼んだ。昨年の試合のスコアならチームの広報が保管している。広島の球団事務所に頼めばすぐにFAXで送ってくれるはずだ。
栃谷が公式スコア入手に動き回っている間に、相沢は試合開始から終了までの不審な箇所を手元にあったホテルに備え付けてあるメモ帳にピックアップしていった。動きのあったイニングと動作の内容なども詳しく書き込んでいく。
三十分ほどして栃谷が部屋に帰還した。
「お待たせしました」
それほど走ったわけでもないだろうに、額には薄っすらと汗のようなものが浮かんでいる。
「大丈夫か?」と形ばかりの心配をしてさっさとスコアを受け取った。
そして、それを先ほどの映像のメモと見比べていく。ざっと確認したところで相沢は森国に説明を始めた。
「それじゃあ、まず、監督にお聞きしたいのですが、もし鮫島君が八百長でサインを出していたとして、それは相手チームに何を知らせていたと思いますか?」
森国は考える間もなく「球種じゃないのか?」と言う。一番、可能性が高いのはそのケースだ。プロ野球だけでなく、高校野球でも走者が捕手のサインを盗んで問題になることは時々あるのだから。
だが「それは違うと思います」と相沢は言い切る。
森国の目の前に相沢は先ほどのメモを差し出し公式スコアと照らし出した。
「まずはここです。三回裏、時間はちょうど午後七時になったところです。ここで鮫島君が先ほどのブロックサインを出しています。この時の球種は…ストレートです。打者はこのストレートを打ってセンター前ヒットでした」
森国は黙ってメモとスコアを確認しながら耳を傾ける。
「そして六回裏です。ここであの動きをしたのはちょうど午後八時です。この時の球種はスライダーでした。ちなみにこの打者もライト線に三塁打を打っています」
「そうなると…球種は一回目の時と違うという訳だな」
「はい、その通りです。ただ、二回だけでは見間違えた可能性もあります。ですが他の部分に関しても球種はバラバラでした。最後の九回裏については球種はシュート、打者は三振しています。そして重要なのは鮫島君がサインを出していたのは一定の間隔だったということです」
森国は何となく理解できてきたようで、相沢は重ねて説明を行う。
「つまり、そのメモでいうと、試合開始から三十分間隔ですね。バッター、球種にかかわらず同じ動きです」
「ということは…どういうことなんだ¡?」
「これは球種を教えているサインではないということです。それでは、もし球種を教えていたのではないとしたら、何を伝えていたのか。どう思いますか?他に何があるでしょう」
球種でなければボールのコースだけ教えるということとも考えられるが、「これまたコースもバラバラなんですよね」と相沢は答える。
「となるとあの動きは一体何だったんでしょう。私は誰かに向けてのメッセージだったのではないかと思います。内容については分かりませんが、三十分置きに決まった動きをしていることから、鮫島君がサインを送っていたのは試合の中身ではなく、自分の大切な人へのメッセージをこっそりと伝えるためだったと考える方がしっくりくるとは思いませんか?」
森国は顎に手を当てて髭を撫でながら悩み始める。相沢の意見も確かに分かるのだが、なにせ確証がない。そのまま相沢の考えを尊重してしまうにはもう一つ強い根拠が欲しいと森国は思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます