13. 魔女っ子気分

 その日の放課後。

 校内でルナールに絡むと、ろくなことにならねぇと悟ったオレは、とっとと社へ帰ることにした。

 校門前の横断歩道を渡り、市道を右に曲がると、前から人が来るのが見える。

 グレーの半袖のトップスに、紺色の幅の広いパンツを穿いた女性。

 宇佐美だ。

 家は逆方向の筈なのに、なんであっちから来るんだ?

 農協にでも行ったんだろうか。

 向こうもオレに気付いたようで、にこやかに近寄ってくる。


「こんにちは、頼子ちゃん。今日はもう帰るの?」

「はい。宇佐美さんは、また吹奏楽す い部ですか?」

「ええ。明日は用があって行けないから、その分みっちりしごいてやる心算よ」

「頑張って下さい」


 本当は嘘のこと聞きたかったけど、そうだとわかっても解決策が見つかんねぇ以上、どうにもなんねぇし、今は白菊と話すのが先だ。


 オレは宇佐美と別れ、坂を登る。

 今日は参拝客もおらず、社殿奥の和室では白菊がだらだらとくつろいでいた。


「早かったな」

「だって、これ以上残ってても意味ねぇし、今は頼正に化ける方法を」

「野郎と交尾セックス

「イヤァーっ!」

「――なんてしなくても、こないだ与えてやったあの宝珠には、陽の気を集める力もある」

「えっ?」


 白菊は姿勢を正すことなく、何でもねぇことのようにいう。


「直接戴くより大分時間はかかるが、いずれ頼正に化けることも、出来るようになるだろう」

「マジかっ」

「ああ」

「なんだよ。じゃあ、ゆっくり待てばいいんだな」

「そう、だ」


 ――なんて会話をしたのは、ちょうど昨日の今頃だったか。


 中学の、一階にある空き教室で、オレはあることを試そうとしていた。

 それはズバリ、桜田頼正に化けてみることだ。

 白菊は、多少時間がかかるようなこといってたけど、最近割と調子もいいし、もしかしたらもうイケっかもしんねぇだろ。

 よし、とりあえず、やってみっか。


 オレは目を閉じ、頼正の姿を思い描く。

 朝に夕に、いつも見ていた自分の顔だ、忘れる筈がねぇ。


 黒いサラサラの髪に、弓形の眉、子供っぽい大きなつり目。

 小さな鼻に、口角の上がった口元。

 肌は薄く日に焼けて……。


 出来るだけ具体的に、頼正の姿を思い浮かべたが、特に変化は現れなかった。


 やっぱまだ無理かぁ。

 それなら、別の女はどうだ?

 こないだは、特に誰も思い浮かばなかったけど、例えば、なっちゃんとかどうだろう。

 あとは、宇佐美とか。


 オレは脳裏に、宇佐美の顔を思い描く。

 色白で細面の、優しげな顔を。

 すると、階段で初めて会ったときの光景が思い浮かんだ。

 あのときは、宇佐美を幽霊かと思って、ドキドキしたっけ。

 今もなんだか、鼓動が激しく――。


 目を開くと、視界の高さが、わずかに違う気がした。

 着ているものも制服ではなく、白いカットソーとカーキ色のロングスカートに変わっている。

 なんか、あのとき宇佐美が着てたものと似てるような……。

 もしかしてっ!


 オレは教室を飛び出し、廊下の隅にある姿見を見る。

 そこには、あの階段で最初に会ったときと寸分たがわぬ格好の宇佐美がいた。

 試しに鏡へ顔を寄せると、彼女も同じように近付いてくる。

 至近距離から見ても間違いねぇ。

 ちゃんと宇佐美に化けられたんだ。

 すっげぇ。

 オレは改めて、変化の術のスゴさを感じた。


 せっかくだし、もう少しこのまま、校内を歩き回ってみようか。

 今日は宇佐美、来ねぇっていってたし。


 中央階段を上がっていくと、偶然なっちゃんが下りてきた。

 バッチリ目が合ってしまったが、よもやオレがあの桜田頼子とは、夢にも思わねぇだろう。

 軽く会釈を交わし、そのまますれ違う。

 ああ、なんかイタズラしてるようで、すげぇ楽しい。


 とはいえ、さすがに吹奏楽す い部が使ってる第二音楽室へ近付くのはマズいだろうから、四階の手前で引き返し、しばらく思案した挙げ句、結局下まで戻ってきてしまった。

 なんか空しくもなってきたし、そろそろ元の姿に戻るか。

 さっきも使った空き教室の戸を開けていたら、背後からバタバタと慌ただしい足音が近付いてきた。


「宇佐美っ!」


 えっ、宇佐美がいんのかっ、と思い、それからすぐに、自分が宇佐美に化けてたことを思い出す。

 やっべぇ、知り合いキターっ!!

 無視するわけにもいかねぇから、慌てて振り向くと、そこには義日がいた。


 黒いジャージの上下という非常にラフな格好で、いつもきっちりセットされた髪もボサボサ。

 それになぜか、メガネもかけていなかった。

 それでも、オレの姿ははっきり見えているようで、真っ直ぐこちらへ近付いてくる。


「今日は用があるから、中学へは行かないっていってたよなっ」


 確かに宇佐美、そんなこといってたっけ。


「あれ、嘘だったのかっ?」


 問いただす義日を、いつになく高圧的に感じるのは、身長差の所為だろうか。

 まだあまり聞きなれねぇ、低い声の所為だろうか。

 メガネのねぇその顔は、あの頃を彷彿ほうふつとさせるのに、オレを見下ろす双眸そうぼうは、見知らぬ他人のように冷たい。

 蛇に睨まれた蛙のように、オレは呆然と義日を見上げるしか出来なかった。

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