第4話

 浮き沈み激しいってわかってるんだけど、舞いあがらずにはいられない、土曜日が来た。めいっぱいおしゃれしていくんだ。普段履かないヒールを履いて、少し大胆なミニ穿いて、手ぐらい握って……いや、キスぐらいは……という意気込みで挑んだ。


「竜崎さん、今日はどこまで……」


 歩き出して既に三十分。駅から繁華街までおよそ二キロ。すでに約一往復


「えーと、この後、ミリタリーの店に行くんだけど」


 き、厳しい。というか拷問? 足がめっちゃ痛いし、何のためのミニスカート……これは試練ですか? はい、そうですね。耐えます。オタクの彼氏もった試練です。


「あの……足が痛いんだけど……休みたいんですけど……」

 勇気出して言ってみた。


「うん、わかった」


 竜崎さんは軽く返事して、いいところがあるって言った。いいところ? そう言ってさらに十分。いいところじゃなくていい。そこの喫茶店でいいのに……


 疲労困憊のあたしを竜崎さんは港に連れて来てくれた。誰もいない。今は秋だけど、日差しがポカポカして寒くない。公園のベンチに座っていると、ちょっと待ってて、と言って竜崎さんはベンチを離れた。


 遠望に浜辺が見える。たった二人きりの空間。静かで、カモメの鳴く声がバックミュージックになってる。


「はい」

 差し出されたミルクティー。


「あ、ありがとう」

「ここ、しずかだし、結構好きなんだ」


 そうですね……なんだか心があったかい。


 すぐそばに竜崎さんが座って肩が当たってる……と思ったら、手を握られた。

 竜崎さんはまっすぐ海を見てる。あたしも海を見た。水平線のかなたに島の稜線が見える。


「あ、あそこの海岸線の近くが俺んち」

「え? どこですか」


 あそこ、と竜崎さんがあたしの方を向いてそのまま。


 ふわっと風のような軽いキス。コーヒーの香りがした。


 あたしは照れてしまって、うつむいた。竜崎さんも何も言わない。


 ものすごいずっしりした沈黙。何か話したほうがいいのか、このまま黙っていたほうがいいのか……


 竜崎さんのあたしの手を握る力が強くなる。

「好きだから……不安にさせてごめん」


 そうなんだ……竜崎さん……あたしの方こそごめんなさい……わがまま言って……もっと、いい彼女になるね……


 でもやっぱり歩いて帰ることになって、なんだか釈然としない。五時になるといきなり竜崎さんは帰るとか言い出すし、あたしは感極まった。


「明日も逢いたいです。明日デートしませんか」

「今日逢ったからいいじゃない」


 ええ!? ちょっと待って、さっきの好きだからっていったのはなに? 好きだったら毎日会いたくないのかな? 


「なんでそんなこと言うんですか……」

 思わず涙声。


「泣くなんてずるいな……」

「な、泣いてません!」


 意地です、もう! 


「明日だめならもっといっしょにいたいです!」

「……」


 なんだか、しぶしぶっていった感じで、竜崎さんはドーナツ屋に入った。


「で、満足?」


 コーヒーに飲みながらいわれて、あたしはうなずいた。でも何でそんなに不機嫌なんですか……やっぱりこれも試練ですか。


 せっかく引き止めたけど、ちょっと無言。なんだか居心地悪い。わがまま言わないって決めた矢先のわがままだから? でも一緒にいたいのはわがままなのかな。なんか、あたしと竜崎さん早くもすれ違ってる?


「あの、一緒にいたいのはわがままですか?」

「……いや」

「迷惑でしたか……?」

「ちょっと、びっくりした」


 なんでびっくり……?


「手をつないでください」

 あたしは勇気を振り絞った。


「ん……」


 テーブルの上に二つの握りあわされた手。竜崎さんの手は白いけど、指が長くて、爪がきれいで、大きい。あたしの手をすっぽりと包んでくれる。


「……あのさ、そろそろ竜崎さんはやめない?」

「え?」

「俺も浜田さんはやめるから、蒼太って呼んでよ」

「蒼太……君」

「穂乃香」


 名前を呼び合うのがくすぐったい。


「なんだか恥ずかしいですね」


 あたしがそういうといつも仏頂面の蒼太君がとびっきりの笑顔で答えてくれた。


 たった一時間だけだったけど、あたしにとってはすごく充実した時間が過ぎた。明日会えないけど、我慢します。


 その夜、あたしはボロボロの足にたくさん絆創膏を貼った。

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