1 旅立ち

 鬼による略奪が、とうとう近隣の村にまで及び始めた。この村が襲撃されるのも時間の問題だ。


「じいちゃん、ばあちゃん。聞いてくれ」

 その日—。15歳の誕生日を迎えた俺は、神妙な面持ちで二人に対面していた。

 誰の目から見ても、俺が重要な話を始めようとしているのは明らかだっただろう。


「え?なに?やっと鬼退治に行ってくれるのかのう」

 じいちゃんに先を制された。


「それだけ凄い力を持っていて、のうのうと暮らそうとか……まさか考えてはおらんかったよな」

 ばあちゃんも続く。


 そう、確かに俺は鬼退治を決心し、それを告げようとしていた。

 しかし……。


「うん、鬼退治行くんだけど。なんか……もうちょっとないですかね」

「もうちょっとって何が」と、じいちゃんとばあちゃんは同時に首をかしげる。


 この人たちには愛情というものはないのだろうか……。


「ほら、涙ながらに頑張れ〜〜!とか。いくら俺でも死んじゃうかもしれない訳だし」

 俺が嘆くと、じいちゃんが突然真剣な表情になって叱咤した。


「鬼に財産奪われるとか関係なく、うちは家計がきつい!はっきり言って、お前を養う余裕がない!早く旅立て!明日!もう明日には出ろ!」


 何てことを言うんだ、この老人は……。


 助けを求めるようにばあちゃんの方を見ると、ばあちゃんは非常に狡賢い笑みを浮かべて俺に提案してきた。


「鬼ヶ島で金品取り返したら、みんなに戻す前にちょっとだけ貰ってしまわんか」


 旅立ちの決意を告げて、ちょっと二人を泣かせてやろうと思っていたが—泣いてしまったのは俺の方だった。



 翌日。

 ばあちゃんは俺に少しだけきびだんごを持たせてくれた。

「お隣さんがくれたんだけど、多分食べきれないから」

 ……それでもありがたいと思っておこう。

 

 うちには本当にお金がないので、刀や鎧などの装備は一切なく、俺は麻の服ときびだんごが入った小袋だけ纏って鬼退治に向かうことになった。

 これから英雄になろうとする者とはとても思えない、地味な格好だ。


「じゃあ、行ってくる!」

 玄関先でじいちゃん、ばあちゃんに別れを告げると、二人は「はい、はーい」とだけ言って家の奥に戻っていった。


 ……さて、村を出る前にやり残したことを済ませる必要がある。


 俺は、幼なじみの女の子、おしちの家を訪ねた。


「あれ、桃ちゃん。どうしたの、こんな早くに」

 お七が目を擦りながら家から出てきた。

「鬼退治に行くんだ」

 唐突な俺の言葉に、お七は口を押さえて驚いた。

「えっ。なんで?危ないよ……!」

 じいちゃんとばあちゃん以外は俺の能力のことを知らない。お七からすれば、俺は平凡な男なのだ。


 俺は覚悟を決めた。

「お七、俺が無事に帰ってきたら結婚してくれないか」


 言ってやった。

 しかし、大丈夫。お七は俺に気があるような素振りを何度も見せてきた。

 俺には勝算があった。


「え……うそ……ごめん。わたし、他に好きな人いる」


 勝算があったというのは嘘だ。冗談だ。


 俺は旅立つ前に能力を使うハメになった。



 ばあちゃんは俺に少しだけきびだんごを持たせてくれた。

「お隣さんがくれたんだけど、多分食べきれないから」

 ……それでもありがたいと思っておこう。

 

 うちには本当にお金がないので、刀や鎧などの装備は一切なく、俺は麻の服ときびだんごが入った小袋だけ纏って鬼退治に向かうことになった。

 これから英雄になろうとする者とはとても思えない、地味な格好だ。


「じゃあ、行ってくる!」

 玄関先でじいちゃん、ばあちゃんに別れを告げると、二人は「はい、はーい」とだけ言って家の奥に戻っていった。


 よし。

 時間を巻き戻すことに成功した。


 そう、俺の能力は—。

 3日前までなら、任意の時点まで時間を巻き戻す能力。巻き戻す際、自分の記憶は維持される。


 つまり、俺は即死しない限り、何度でも同じ課題に挑戦できる。

 この能力を駆使すれば、鬼を討つことも不可能ではない。ただ、やはり共に立ち向かう仲間は必要だろう。装備もほしい。


 俺は、お七の家の横を素通りして村を出ようとした。

 しかし、ふと立ち止まり、再びお七の家を訪ねることにした。


「あれ、桃ちゃん。どうしたの、こんな早くに」

 お七が目を擦りながら家から出てきた。

 ここまでは前回と同じだが、当然告白などしない。


「お七さぁ、なんか欲しい物とかある?」

「え……欲しい物?金塊、とか?」

「金塊ね。了解」


 俄然やる気の出た俺は、鬼ヶ島からを取り返すべく村を発った。

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