Ⅲ・一次試験_2


 半刻後、アステラはルディの自室に通された。

 学院には春夏秋冬の四つのりようがあり、学生および研究職の星導士が住んでいる。自分の親星が属する宮によっていずれかの寮に振り分けられるそうだが、ここは、そのうちの冬の寮だ。おうし座の星の子・ルディは、冬の寮のりようちようをしているそうだ。

 なんとも派手な部屋だ。かべがみにも家具にも調度にも、複雑で優美なそうしよくがこれでもかとらされている。色とがらものだらけなのに、あくしゆになる一歩手前で見事にまとめ上げたしゆわんには、なおかつさいを送りたくなる。

 その部屋の真ん中で、アステラは六対の青いひとみにぐるりと囲まれていた。

「プレアデスの姉妹だよ」

 きんぱつへきがんとフリルとレースの向こうから、ルディの声が聞こえる。

「左からマイア、エレクトラ、タイゲタ、アルキオネ、ケラエノ、アステロペだ」

 ルディは早口言葉みたいにさらさらとしようかいすると、だれにともなくたずねた。

「メローペはまだ帰らないのかい?」

おとなしよ、どこで遊んでるんだか」

「悪い子だ。昔から彼女だけは家出をり返す」

 アステラはびをして、姉妹たちの向こう、ソファに座るルディに問いかけた。

「あの、プレアデスって、おうし座の……プレアデス星団ですか?」

 アルデバランから西へ目をやると、おうしのかたのあたりに、ぼうっとした光の集まりが見える。星団と呼ばれる星の集合だ。プレアデス星団は青い宝石を連ねたような美しさで有名で、目のいい人なら肉眼でも五から七くらいの星を見分けることができる。

「そう。彼女たちは私の従姉妹いとこでね、身の回りの世話をしてもらってる。タウリ家はなぜだか女ばかりが生まれるんだ」

 プレアデスの姉妹たちはそろいも揃ってわたる青の瞳を持ち、豊かな金髪をせいこうに編み込んでいた。歩くたびにごうなドレスのフリルやらうでやらがしゃらしゃら音を立てる。

「あ、えっと、ルディさんごめんなさい、もう一回名前教えてください。覚えられない」

「覚える必要はないよ。どうせピーチクパーチクさえずるだけのおろか者たちだ」

 平然と言われて、姉妹たちはルディの周りに群がった。

「あらひどいわ、ルディ」

「あなたのお世話のためにここにいるのに」

 ルディはうんざりと肩をすくめ、かと思えば長い腕で姉妹たちを花束みたいにかかえ込んだ。

「私の可愛い小鳥ちゃんたち」

 姉妹たちはきゃあきゃあかんせいを上げる。

(なんなのこれ……)

 異様な光景が処理しきれなくて固まるアステラに、ルディは笑いかける。

「私は差別しないよ。アステラも交じりたいならおいで」

「お断りします」

「つれないなあ」

 ルディはしようして、ビロード張りのソファにこしを下ろした。

「でもそんなところも可愛いね」

 息をするようにつむがれる甘い言葉に、アステラは胸焼けしそうだ。最初こそ色気にてられていたけれど、どうやらこれが標準装備らしい。アステラは無視することにした。

 面白くないのはプレアデスの姉妹たちである。なにせ自分たちこそルディのお気に入りだとごうしてはばからないのだ。とつぜんやって来た見知らぬ少女に、六つのしつが向けられる。

「ちょっとあなた、さっきからルディに向かって生意気よ」

「どうせ暗い星の子のくせに……目を見せてみなさいよ」

「いや、あの、ちょっと!」

 アステラはエレクトラ──アルキオネかも──に無理やりまえがみをかき上げられた。こんいろの瞳があらわになると、姉妹たちはまゆをひそめた。

「……あなた、本当に星の子? 赤っぽいと言えば赤っぽいけど、紺色に見えるわ」

「何かかんちがいしてるんじゃない? あなた、星なしでしょ」

「よくもまあ天都まで来られたものだわね。思い上がりもいいところ」

「星の光を持たない人って、ものの道理も分からないのかしら」

「生まれつき星の導きがないのよ、仕方ないわ。星に愛されなかったんだから」

「だから星の子にあこがれるのね。わいそう

 プレアデスの姉妹たちは輪唱のように次々言葉を重ねる。そのとき、

「小鳥ちゃんたち、失礼だよ」

 ルディが足を組みえて言った。

「紅茶のお代わりが欲しいな。誰かとびきりしいお茶をれてくれる?」

 その言葉で、六人はきそい合うように部屋を出て行った。あまりにころりと態度が変わる。プレアデスの姉妹たちはごくごく単純な仕組みで動いているようだ。

みみざわりですまないね。彼女たちの言ったこと、気にしないで」

「平気です。慣れてますから」

 ルディはアステラを手招いた。そしてとなりに腰かけた彼女の、小動物のしつみたいな細いちやぱつにそっとれながら、

「慣れてるの?」

「あ、いや、その」

(そうか、星の子があんなとうに慣れてるはずがない)

 けれどルディはそれ以上追及せず、アステラの二つくくりの片方を持ち上げた。うすくちびるやわらかなかみの毛に口づけると、ゆうわくでもするように、ゆったりと流し目を送る。

「アステラ、君には才能がある」

 アステラはなるべくルディからきよを取ろうとソファのはしににじり寄った。

「ぜひ試験に通って学院に入学してほしい」

「む、無理ですよ、私には」

 反射的に答えると、ルディはようやく彼女の髪から手をはなした。

「そんなことないだろう」

 おかしな子だな、と半笑いでこぼしながら、

「だって、せいどうになるためにここに来たんじゃないのかい?」

「無理です。だって、私は……」

(星なしだから)

 そう言いそうになって、アステラはぎりぎりで飲み込んだ。危ないところだった。

「……それが本音なら、いささかガッカリだが」

 ルディは品定めするような視線でアステラを見る。

「自信不足かな。今のところは」

 そして大きな口を広げ、ちようせん的に笑った。

「集中講義と行こうか、アステラ? 君にはぜひとも合格してもらいたいからね」




「よろしい、じゃあ次はおうし座」

 大理石でできたねこあしのテーブルの上に、冬の空の星図が広げられていた。こうせいや星雲の位置を紙面上に書き写した、空の地図だ。素人しろうとが見れば、点がちつじよにばらまかれているようにしか思えないだろう。

「えっと……大三角がここですから……、オリオン座の三ツ星をそのままこちらにばして、これがアルデバラン。ってことは、このあたりがおうし座です」

 夜空でやるのと同じように、アステラは冬の大三角を手がかりにしておうし座を見つけ出す。

「プレアデス星団がおうしの肩にあたって……、前足がこう伸びて、アルデバランが目、ヒヤデス星団を角の付け根と見て、」

 アステラは羽根ペンの先で星図上の星を結び、線を引いていく。

「角の端がこっちと……それから、ここ」

「そう。ちがえがちだけど角の先はこの星じゃないんだよね。これはぎょしゃ座の星だ」

 アステラのあやふやな態度は二次試験への不安から来ていると判断されたらしい。ルディは急きょアステラに個別指導を始めた。女たらしでもさすがは星導士、きわめてな教師になってくれたはいいのだが、八十八もある星座の星々を一から結ばされるのは結構骨折りだ。

 プレアデスの姉妹たちは早々に興味をなくし、うたたしたり窓辺で歌いあったり。アステラを害をなさない小動物と判断したのか、敵視するのはやめたようだ。

「よろしい。かんぺきなおうし座の星座じんだ」

 二次試験では、このような星図の上で正しく星を結ぶのが課題らしい。ただし、どの季節の星図が問題になるのかは当日まで分からない。

(私、別に合格したいわけじゃないんだし、二次試験を受ける気はないんだけど……)

 ろうでかすむ目をこすりつつ、受験生たちになぐられそうなことを考えていると、

「で、アステラ。入学したら何を学びたいんだい?」

 ルディが突然そう質問した。アステラは我に返り、ぱちぱちまばたきする。

 学院はほしほうの教育機関であり、同時に研究所だ。学生たちは星魔法の教育を受け、やがてはどこかの研究室に配属されることになる。せいせき配分といった社会制度から星魔法の根本原理の解明に至るまで、研究分野はさまざま。卒業して正規の星導士資格を得た後も、半分ほどはルディと同じく学院に残って研究を続けるという。残りの半分は各区にもどって区を治めるか、中央星府の高官になる──シリウスのように。

 とはいっても、アステラの前に本当にその道が開かれているわけではない。

「私は、別に……」

ひかえめだな。夢は大きく持たなきゃだよ」

 ルディは星図をくるくると巻いて片づけると、ソファに背中を預け、うでを組んだ。

「もっとも、今はお上のかんが厳しいから、何でも学べるってわけじゃないけれどね。てんていのお気にさなけりゃ、研究計画ごとつぶされてしまう」

「そうなんですか?」

「何が独立した研究機関だ。今や学院は天帝の意のまま、星導士はみな彼の持ち物さ」

 ルディはみする。現天帝ベテルギウスの率いるオリオン区と、ルディの属するおうし区。となり合う両区の不仲は、冬の宮のたみならだれでも知っていた。確かに、夜空の上でもこん棒をり上げるオリオンにおうしがいどみかかるように見え、とても友好的とは思えない。

「どれもこれも、ベテルギウスが星導士協会長と中央星府長官をねたせいだ。ここまでの権力一点集中は明らかに彼の代から……何が天帝だ。ただの独裁者じゃないか」

「ルディ!」

 不敬な物言いだ。物事をあまり深く考えなさそうなプレアデス姉妹たちもさすがにとがめる。

「そんなこと言ってると、うちもくじら区の二のまいになるわ」

くじら?」

 その語にえいびんに反応し、アステラが声を上げた。ルディがこちらを向き、うなずく。

「以前ね、天帝にたてついて消された区があるんだよ」

「ルディってば!」

だまっておいで、小鳥ちゃんたち」

 部屋にいやな空気が流れる。アステラはその意味をはかりかねて、ひとまずたずねた。

「くじら区が……?」

 秋の夜空に横たわる、くじら座。一等星はないものの、全天四位の広さをほこる。鯨とは言うが、モチーフとなっているのはいわゆる大型のかいじゆうとはちがい、するどつめきばを持つおどろおどろしいかいぶつだ。神話によれば、一国をほうかいさせるほどのおそろしい力を持つという。化け物を表す星座は多いが、恐ろしさで言えば、このお化け鯨は天でも一、二を競うだろう。

 そのくじら座に対応するくじら区は、秋の宮と冬の宮とを分かつエリダヌス川をえた先にある、海沿いの広大な星区だ。冬の宮で暮らすアステラには、秋の宮のくじら区はえんどおい。

「君はこいぬ区出身だっけ。じゃ、知らなくても無理はないかな。星府がていねいみ消しちゃったから、くわしく報じられることもなかったしね」

 ルディは組んでいた腕をほどき、何かたくらむように親指を唇に当てた。

「アステラ、星の子が死ぬと、どうなると思う?」

「どうなるとは」

「例えば今ここで私がほつを起こして死んだとするだろ?」

「ルディさん、おんなぐせ以外にもどこか悪いところがあるんですか」

「アステラ、心の声がれてる」

 ルディは、おかげさまで健康体だよ、と前置いてから、再び尋ねた。

「仮定だよ。星の子である私が、ここで死ぬ。そうしたら、おうし区で何が起こると思う?」

「アルデバラン石が採れなくなりますね」

 アステラは簡潔に答えた。ルディはしゆこうする。

「星の子は星の光を地上にばいかいする存在だ。星の子が地に足をつけていなければ、その親星の星輝石は育たない」

 ある星の子が死ぬと、星の光は親星に返され、次の宿主が生まれるまでは、その星の星輝石は地上から消えてしまうのだ。一等星アルデバランの子であるルディが命を落とせば、アルデバランの星輝石は一時的に星の原から消える。

 ルディは赤いひとみけんのんな光をともし、切り出した。

「かつて、くじら区にはケートス家という星の子の一族があった」

 くじら座は大きな星座だ。きわって明るい星こそないが、多くの星をかかえている。ケートス家は、代々くじら座の星の子を生んできた有名な家系だった。けれど。

「アステラ、考えてみて。その星の子たちが、とつぜん全員死んでしまったら?」

「……え?」

 これは仮定ではない。ルディの表情がそれを物語っている。

「くじら区は、区内の星の子がいつせいくなった結果、区ごとかいめつしたというゆいいつ無二の例だ」

「一斉に?」

 ただならぬ話になってきた。アステラは背筋をこわばらせる。

「星の子がいなくなった土地では星輝石も育たない。くじら区は鉱山としての機能を失い、結果、住民は散り散りになって、今や人っ子一人いない廃区と化した」

 星の原にあって、星輝石の採れない土地は完全に無価値だ。見捨てられるしかない。アステラは星の光の消えた暗い鉱山を思いかべながら、ルディに問うた。

「でも、くじら区の星の子たちは、どうして亡くなったんですか」

(一族ぜんめつっていうんだから……、ひどいえきびようとか?)

「そこが問題なんだよ、アステラ」

 ルディはけんでもけるように、好戦的なみを浮かべた。

「火災、事故、船のちんぼつ。不思議なことに、ケートス家の人々はたびかさなるによって、わずか数年のうちに次々に死んでいった。まるで魔法みたいにね」

 ルディの言葉ははしばしおんな火種をはじかせていた。少しのさつえんじようしかねないそこに、さらに油が注がれる。

「そこへ来て、アステラ。くじら区は前々から天帝とそりが合わなかったと聞いたら、君ならどう思う?」

 その質問で、アステラはやっとてんがいった。答えこそしなかったけれど、この不自然な出来事の下に横たわる黒いかげの存在を、はっきりにんしきしたのだ。

「そのころのケートス家の当主、名はメンカル・ケートス」

「メンカル」

「ああ。くじらの鼻先にあたる星で、赤い三等星だよ。彼は学院の教授で、ベテルギウスていのかつてのどうりようだった」

(同僚? ああそうか、天帝だって元々はせいどうなんだった)

「メンカル教授とベテルギウス帝は、ここにいたころは共同研究もしていたらしい。だが、何らかの理由で物別れに終わったそうだよ。教授はそれ以降ずっと、しつように星府からあつぱくをかけられていた。そしてついに教授職を解任になって、くじら区に戻った数か月後に死亡」

 ルディはそこで一息ついた。ソファの背もたれにかたひじを乗せ、まなしを遠くへ投げる。

「色々とさ、かんぐっちゃうんだよね」

 勘ぐってしまうのはアステラだって同じだった。不幸な事故で全滅したケートス家の当主は、天帝と星府に目をつけられていた……でも、

「天帝との間に、何があったんですか?」

「さあ?」

 ルディは正直に答え、宙をあおいだ。

「ただ、メンカル教授は天帝と違って星なしに親身だった」

 そしてそのまま、独り言みたいに続ける。古いおくを呼び出すように。

せいせき配給の増額にしゆうしんしていたよ。自区の星なしたちにより多くあたえるためにね。もちろん星府にははねつけられていたが。それもまた天帝の気にさわったんだろうね」

「星なしに、より多く……」

(星の子でもそんな風に星なしのことをおもんぱかってくれる人がいるんだ)

 アステラは感激するけれど、もちろんそれは彼女が星なしだからであって……、プレアデスの六姉妹は不満げに口をはさんだ。

「配給の増額なんて必要ないわ」

「星なしたちが高価な星輝石を欲しがったのね」

「星なしにそんなぜいたく許されない」

「そうよ、星なしたちを図に乗らせてたから、天帝のいかりにれたんだわ」

 ルディはゆったり身体からだを起こし、その勢いのまま、赤い三白眼で姉妹たちをにらみつけた。

「本当におろかだね、君たちは。たまに本気で羽をむしりたくなる」

 口元こそ笑っているが、にじみ出るふんまんかくせなかった。そのはくりよくに、プレアデスの姉妹たちはおびえて身を寄せ合う。アステラですらふるえそうになった。

 ルディはため息をつき、めずらしく真顔になった。

てんていは唯一絶対の権力者で、かんぺきな計算で天をべる。星輝石配給も公正でちがいはない。ケートス家はそれに逆らおうとした反逆者たちだ。だから、くじら区の壊滅はいわば、てんばつ

 そして教科書でも読み上げるかのように無感情に述べると、そこで息を吸って、

「なんて、おおうそだよ、アステラ。天帝にだまされちゃいけない」

 き出す息と共に、そう言い切った。

 アステラはどうもくした。あまりにそんな発言だ。聞きとがめられればルディでも身があやうい。いくら一等星の子でも、星導士である以上、天帝への服従は絶対のはず。

 しかし恐れ知らずのルディは気にする様子もなく、しゃあしゃあと言ってのけた。

「天帝にたてついた一族が突然不幸におそわれる。そんな都合のいい話あるかい? 反乱分子を一家みなごろしにして無理やりちんあつした、としか、思えないんだよねえ」

 それっきり、ルディもプレアデス姉妹もしばらく口をつぐんだ。

 アステラは考え込む。ケートス家と天帝との間のあつれきは、彼女には知るよしもない。

(でも、星輝石の配給に関しては、他人ひとごとと思えない)

 自区の星なしのために、配給を増やそうとしていたくらいだから……、きっと区長メンカルは、星なしたちの暮らしをよく見知っていたに違いない。星の子なのに。

 アステラののうに、きんぱつに黄色いひとみの青年の姿が浮かんだ。地下鉱山に下りて、星なしのために働く星の子を、アステラは一人だけ知っているのだ。

(星なしのことをおもうことが反乱と呼ばれるのなら……、私だって天帝は大嘘つきだと思う)

 星なしに力を貸しただけで一族全員反逆者呼ばわりだなんて、いくらなんでもやりすぎじゃないか。おさえつけるだけ抑えつけておいて、反論には聞く耳を持たない……それでどこが公正なのか。いや、そもそも。

「こんな雲の上で、公正なんて、だれが分かるんでしょう」

 気づけば、アステラはつい、そうこぼしていた。

「なんだって?」

「いえ、その」

 アステラは少し言いよどむ。みつきたいわけではなかった。星なしを見下すプレアデス姉妹の言いざまには確かに腹が立ったけれど、天上世界で星の子として育てば、悪気はなくともそう考えるようになってしまうのかもしれない。ここにいれば分からないのだ、きっと。

 でもアステラには分かる。アステラだから分かる。

 星なしだからこそ、言えることも、ある。

かんちがいしてほしくないんですけど、大前提として、今の配給は全然適正量じゃないですよ。基本的に全く足りてません。星府の人たちは地下鉱山のじゆようを全然理解してない」

(あるいは、意図的に無視しているのかもしれないけど)

 アステラは言葉を選びつつ、思ったことを口にしていく。細い指を、胸の前でからめて。

「星の子と違って……星なしは、星の光を持ちません。ほしほうも使えないから、星輝石にたよるしかないんです。病気を治すのも、作物を実らせるのも、星輝石なしじゃ効率ががくんと落ちる。もしり病や不作が起これば、それだけ星輝石が必要になるはずです」

 家に病人が出たとき。天候不順が続いたとき。星なしたちはいよいよ星輝石の工面に苦労する。いつもは節約していても、非常事態では星輝石の力に頼らざるを得ないからだ。

「星なしにとって、星輝石の配給は死活問題です。だからこそ、何かあったときじゆうなんに対応できないなら意味がない。それは公正とは言えない」

 確かに、中央星府は決められた量を毎月きっちり配給してくれる。でも、その量は区がどんなじようきようであろうと絶対に変わらない。上納についても同じだ。星なしに裁量の余地はない。

「でも、ここからじゃ、地下の世界は見えません」

 アステラは窓の外をながめた。雲の上にそびえ立つ、天都という一つの城。地下鉱山から天都の中をうかがい知ることができないように、天都からもまた、地下鉱山の姿は見えない。

「雲の上にいたら、何が公正かなんて分からない。星の子こそ……星導士こそ、空から降りなきゃ。地下のありさまを、その目で見なきゃ」

(メンカルさんやロキさんのような星の子が、もっと増えれば)

 自分に力がないのがくやしい。こうして、かなわない願いをつのらせてばかりで、アステラには世界を変えることができないから。

「……おどろいた」

 ルディの顔から表情が消えた。

「君が本当に気に入ったよ、アステラ」

 ルディはそこで言葉を切り、な顔で、短くこう続けた。

「合格だ」

「え?」

 ルディはおもむろに立ち上がった。そして広い部屋を横切り、かべぎわのチェストから手紙を一通取り出すと、顔の前にかざしてみせた。

「今朝方、からす便で届いたんだ」

「からす便?」

 アステラは顔をね上げる。ルディは口づけでもするように手紙を口元に当てて、

「夜のくじらって、知ってるかい?」

 そう、たずねた。アステラの丸くなった目が、その答えになった。ルディは満足げに笑う。

「彼からの手紙だ。びっくりだろう?」

「まさか」

「私を誰だと思っているのかね。これでもせいどう、それも一等星だぞ。だいたんてきだよねえ。天帝に告げ口されると思わなかったのかな」

 ルディは言いながらも、なぜだかおこっているようには見えなかった。

「だが、おもしろい」

 ルディは手紙を開き、読み上げる。

「今年の入試に、こんいろの瞳に髪を二つくくりにした、アステラという少女がやって来る。めんどうを見てやってくれ、とね」

「夜の鯨が……?」

 予想外の展開に、アステラは理解が追いつかない。

「見返りにねこさがしをたのまれてくれた。こいぬ区にいい便利屋がいるそうだね?」

(ロキさんのことだ)

 夜の鯨はアステラに会う条件として、学院に行ってうばわれた星輝石を取りもどすようらいした。そしてそのアステラを助けるために、星導士ルディに手回ししていた……?

「ルディさんは……夜の鯨が誰なのか、知ってるんですか?」

 ルディは口のはしを持ち上げた。

「知ってたとして、教えてほしい?」

 アステラは少し考えて、かぶりをる。依頼も果たせないまま人に解答をうんじゃ、自立と言えない。

「……自分で見つけ出したい、です」

「よい答えだ」

 思えば、一次試験の後ずっと、ルディは何重にもアステラをためしていたのだ。期待以上の答えを返しながら、それでも自力で答えを得たいというアステラに、ルディはもう十分すぎるほどの情報をあたえていた。あとはアステラが、散らばった星を結ぶだけ。

 ルディはアステラのとなりに再びこしを下ろし、むつごとでもささやくように、こう切り出した。

「ケートス家はぜんめつしたと言ったね。確かに、くじら区の鉱山は今やクズ石一つかないはいこうだ。すなわち、くじら座の星を宿した星の子は、今この世にいないということ。でも……、天都ではまことしやかにうわさされているんだよ。くじら区には生き残りがいるとね」

「生き残り?」

 おだやかでない言葉に、アステラの心が震える。

「夜の鯨、なんて名前、ほのめかしにしてもあけすけだよね」

 それはアステラだって思っていたことだ。夜の鯨、くじら区、ケートス家。見る人が見れば、身元をあらわにしているも同じ。

「星なしに手を差しべ、ばつを受けたメンカル・ケートス。彼が実は生き延びていて……、今度は冬の宮の地下で、星なしのためにやみいちを開く」

 それはあまりにれいな流れだ。綺麗すぎるくらい。

「もちろんしようはないよ。でも、十分ありえる話じゃないかな」

 アステラは額に手を当てた。考えすぎて頭が熱くなっている。考える時間が欲しかった。

「ちょ、ちょっと、待ってください」

「まだだよ、アステラ。もう一つ手がかりをあげよう」

 ルディはたたみかけるように、追いめるように、決め手となる一言を発した。

「メンカル教授はね、実は私の恩師なんだよ。在学中、私は彼の研究室ラボにいたんだ」

(あ)

 ここまでのおんなやりとりが、やっと理由付けられた。

(だからルディさんはケートス家のことにくわしいんだ)

 でも、だとしたら……? アステラはさっきの話を思い出す。天都でささやかれている、ケートス家の生き残りの存在。

(仮に、

「どう、つながった?」

最初のぼうけんを、教え子にえんさせたってことなら)

 筋は、通る。問題は、

(……つまり私は、反逆者メンカル・ケートスのむすめ?)

 それはかなり危険な考えだった。いくらルディがメンカルの元教え子だったとしても、おくそくで口に出すのははばかられる。

「ちょっと……頭の整理を……」

 そう言いながら、アステラはくせで首元からペンダントを引き出し、黄色い石にれた。

「アステラ、それは?」

 そこでルディが声を上げた。彼女のペンダントに目を留めたのだ。

「え?」

 アステラはそこで初めて、自分がロキのせいせきにぎっていることに気づいた。

「これは、その、知り合いにもらったんです」

 アステラが答えると、ルディは目を細め、黄色い星輝石を見やる。

「知り合いって?」

「えっと……、いつしよに暮らしてる人です」

 どう説明してよいか分からず、アステラはひとまずそう答えた。

「ふうん」

 アステラは石に触れながら、ロキのことを思い出す。

(ロキさんは知ってるのかな。くじら区のこと。ケートス家の当主が、生き延びているかもしれないこと。くじら座、鯨、夜の鯨……)

 ぐうぜんとは思えないいつに、心がざわつく。アステラはすっくと立ちあがった。

「ちょっと……散歩に行ってきます」

「今から?」

「頭冷やさなきゃ……ばくはつしそう」

 アステラはふらふらと、かざちようこくだらけのドアに向かった。

「危なっかしいな、私もついて行こうか?」

「いや、ルディさんと一緒にいる方が危ない気がします。色々と」

「アステラさ、ちょっとの間に私へのたいせいついてきてない?」

 ルディは不満そうにうなると、ソファにかけてあったフード付きのコートを投げて寄こした。

「せめてそれを着てお行き。外は寒いから。あまり遠くに行かないでね」

「ありがとうございます、ルディさん」

 アステラは振り返って礼を言うと、コートを羽織って部屋を出た。


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