Ⅲ・一次試験_2
半刻後、アステラはルディの自室に通された。
学院には春夏秋冬の四つの
なんとも派手な部屋だ。
その部屋の真ん中で、アステラは六対の青い
「プレアデスの姉妹だよ」
「左からマイア、エレクトラ、タイゲタ、アルキオネ、ケラエノ、アステロペだ」
ルディは早口言葉みたいにさらさらと
「メローペはまだ帰らないのかい?」
「
「悪い子だ。昔から彼女だけは家出を
アステラは
「あの、プレアデスって、おうし座の……プレアデス星団ですか?」
アルデバランから西へ目をやると、おうしの
「そう。彼女たちは私の
プレアデスの姉妹たちは
「あ、えっと、ルディさんごめんなさい、もう一回名前教えてください。覚えられない」
「覚える必要はないよ。どうせピーチクパーチクさえずるだけの
平然と言われて、姉妹たちはルディの周りに群がった。
「あらひどいわ、ルディ」
「あなたのお世話のためにここにいるのに」
ルディはうんざりと肩をすくめ、かと思えば長い腕で姉妹たちを花束みたいに
「私の可愛い小鳥ちゃんたち」
姉妹たちはきゃあきゃあ
(なんなのこれ……)
異様な光景が処理しきれなくて固まるアステラに、ルディは笑いかける。
「私は差別しないよ。アステラも交じりたいならおいで」
「お断りします」
「つれないなあ」
ルディは
「でもそんなところも可愛いね」
息をするように
面白くないのはプレアデスの姉妹たちである。なにせ自分たちこそルディのお気に入りだと
「ちょっとあなた、さっきからルディに向かって生意気よ」
「どうせ暗い星の子のくせに……目を見せてみなさいよ」
「いや、あの、ちょっと!」
アステラはエレクトラ──アルキオネかも──に無理やり
「……あなた、本当に星の子? 赤っぽいと言えば赤っぽいけど、紺色に見えるわ」
「何か
「よくもまあ天都まで来られたものだわね。思い上がりもいいところ」
「星の光を持たない人って、ものの道理も分からないのかしら」
「生まれつき星の導きがないのよ、仕方ないわ。星に愛されなかったんだから」
「だから星の子に
プレアデスの姉妹たちは輪唱のように次々言葉を重ねる。そのとき、
「小鳥ちゃんたち、失礼だよ」
ルディが足を組み
「紅茶のお代わりが欲しいな。誰かとびきり
その言葉で、六人は
「
「平気です。慣れてますから」
ルディはアステラを手招いた。そして
「慣れてるの?」
「あ、いや、その」
(そうか、星の子があんな
けれどルディはそれ以上追及せず、アステラの二つくくりの片方を持ち上げた。
「アステラ、君には才能がある」
アステラはなるべくルディから
「ぜひ試験に通って学院に入学してほしい」
「む、無理ですよ、私には」
反射的に答えると、ルディはようやく彼女の髪から手を
「そんなことないだろう」
おかしな子だな、と半笑いで
「だって、
「無理です。だって、私は……」
(星なしだから)
そう言いそうになって、アステラはぎりぎりで飲み込んだ。危ないところだった。
「……それが本音なら、いささかガッカリだが」
ルディは品定めするような視線でアステラを見る。
「自信不足かな。今のところは」
そして大きな口を広げ、
「集中講義と行こうか、アステラ? 君にはぜひとも合格してもらいたいからね」
「よろしい、じゃあ次はおうし座」
大理石でできた
「えっと……大三角がここですから……、オリオン座の三ツ星をそのままこちらに
夜空でやるのと同じように、アステラは冬の大三角を手がかりにしておうし座を見つけ出す。
「プレアデス星団がおうしの肩にあたって……、前足がこう伸びて、アルデバランが目、ヒヤデス星団を角の付け根と見て、」
アステラは羽根ペンの先で星図上の星を結び、線を引いていく。
「角の端がこっちと……それから、ここ」
「そう。
アステラのあやふやな態度は二次試験への不安から来ていると判断されたらしい。ルディは急きょアステラに個別指導を始めた。女たらしでもさすがは星導士、
プレアデスの姉妹たちは早々に興味をなくし、うたた
「よろしい。
二次試験では、このような星図の上で正しく星を結ぶのが課題らしい。ただし、どの季節の星図が問題になるのかは当日まで分からない。
(私、別に合格したいわけじゃないんだし、二次試験を受ける気はないんだけど……)
「で、アステラ。入学したら何を学びたいんだい?」
ルディが突然そう質問した。アステラは我に返り、ぱちぱち
学院は
とはいっても、アステラの前に本当にその道が開かれているわけではない。
「私は、別に……」
「
ルディは星図をくるくると巻いて片づけると、ソファに背中を預け、
「もっとも、今はお上の
「そうなんですか?」
「何が独立した研究機関だ。今や学院は天帝の意のまま、星導士はみな彼の持ち物さ」
ルディは
「どれもこれも、ベテルギウスが星導士協会長と中央星府長官を
「ルディ!」
不敬な物言いだ。物事をあまり深く考えなさそうなプレアデス姉妹たちもさすがに
「そんなこと言ってると、うちもくじら区の二の
「
その語に
「以前ね、天帝にたてついて消された区があるんだよ」
「ルディってば!」
「
部屋に
「くじら区が……?」
秋の夜空に横たわる、くじら座。一等星はないものの、全天四位の広さを
そのくじら座に対応するくじら区は、秋の宮と冬の宮とを分かつエリダヌス川を
「君はこいぬ区出身だっけ。じゃ、知らなくても無理はないかな。星府が
ルディは組んでいた腕をほどき、何か
「アステラ、星の子が死ぬと、どうなると思う?」
「どうなるとは」
「例えば今ここで私が
「ルディさん、
「アステラ、心の声が
ルディは、おかげさまで健康体だよ、と前置いてから、再び尋ねた。
「仮定だよ。星の子である私が、ここで死ぬ。そうしたら、おうし区で何が起こると思う?」
「アルデバラン石が採れなくなりますね」
アステラは簡潔に答えた。ルディは
「星の子は星の光を地上に
ある星の子が死ぬと、星の光は親星に返され、次の宿主が生まれるまでは、その星の星輝石は地上から消えてしまうのだ。一等星アルデバランの子であるルディが命を落とせば、アルデバランの星輝石は一時的に星の原から消える。
ルディは赤い
「かつて、くじら区にはケートス家という星の子の一族があった」
くじら座は大きな星座だ。
「アステラ、考えてみて。その星の子たちが、
「……え?」
これは仮定ではない。ルディの表情がそれを物語っている。
「くじら区は、区内の星の子が
「一斉に?」
ただならぬ話になってきた。アステラは背筋をこわばらせる。
「星の子がいなくなった土地では星輝石も育たない。くじら区は鉱山としての機能を失い、結果、住民は散り散りになって、今や人っ子一人いない廃区と化した」
星の原にあって、星輝石の採れない土地は完全に無価値だ。見捨てられるしかない。アステラは星の光の消えた暗い鉱山を思い
「でも、くじら区の星の子たちは、どうして亡くなったんですか」
(一族
「そこが問題なんだよ、アステラ」
ルディは
「火災、事故、船の
ルディの言葉は
「そこへ来て、アステラ。くじら区は前々から天帝とそりが合わなかったと聞いたら、君ならどう思う?」
その質問で、アステラはやっと
「そのころのケートス家の当主、名はメンカル・ケートス」
「メンカル」
「ああ。くじらの鼻先にあたる星で、赤い三等星だよ。彼は学院の教授で、ベテルギウス
(同僚? ああそうか、天帝だって元々は
「メンカル教授とベテルギウス帝は、ここにいたころは共同研究もしていたらしい。だが、何らかの理由で物別れに終わったそうだよ。教授はそれ以降ずっと、
ルディはそこで一息ついた。ソファの背もたれに
「色々とさ、
勘ぐってしまうのはアステラだって同じだった。不幸な事故で全滅したケートス家の当主は、天帝と星府に目をつけられていた……でも、
「天帝との間に、何があったんですか?」
「さあ?」
ルディは正直に答え、宙を
「ただ、メンカル教授は天帝と違って星なしに親身だった」
そしてそのまま、独り言みたいに続ける。古い
「
「星なしに、より多く……」
(星の子でもそんな風に星なしのことを
アステラは感激するけれど、もちろんそれは彼女が星なしだからであって……、プレアデスの六姉妹は不満げに口を
「配給の増額なんて必要ないわ」
「星なしたちが高価な星輝石を欲しがったのね」
「星なしにそんな
「そうよ、星なしたちを図に乗らせてたから、天帝の
ルディはゆったり
「本当に
口元こそ笑っているが、
ルディはため息をつき、
「
そして教科書でも読み上げるかのように無感情に述べると、そこで息を吸って、
「なんて、
アステラは
しかし恐れ知らずのルディは気にする様子もなく、しゃあしゃあと言ってのけた。
「天帝にたてついた一族が突然不幸に
それっきり、ルディもプレアデス姉妹もしばらく口をつぐんだ。
アステラは考え込む。ケートス家と天帝との間の
(でも、星輝石の配給に関しては、
自区の星なしのために、配給を増やそうとしていたくらいだから……、きっと区長メンカルは、星なしたちの暮らしをよく見知っていたに違いない。星の子なのに。
アステラの
(星なしのことを
星なしに力を貸しただけで一族全員反逆者呼ばわりだなんて、いくらなんでもやりすぎじゃないか。
「こんな雲の上で、公正なんて、
気づけば、アステラはつい、そう
「なんだって?」
「いえ、その」
アステラは少し言いよどむ。
でもアステラには分かる。アステラだから分かる。
星なしだからこそ、言えることも、ある。
「
(あるいは、意図的に無視しているのかもしれないけど)
アステラは言葉を選びつつ、思ったことを口にしていく。細い指を、胸の前で
「星の子と違って……星なしは、星の光を持ちません。
家に病人が出たとき。天候不順が続いたとき。星なしたちはいよいよ星輝石の工面に苦労する。いつもは節約していても、非常事態では星輝石の力に頼らざるを得ないからだ。
「星なしにとって、星輝石の配給は死活問題です。だからこそ、何かあったとき
確かに、中央星府は決められた量を毎月きっちり配給してくれる。でも、その量は区がどんな
「でも、ここからじゃ、地下の世界は見えません」
アステラは窓の外を
「雲の上にいたら、何が公正かなんて分からない。星の子こそ……星導士こそ、空から降りなきゃ。地下のありさまを、その目で見なきゃ」
(メンカルさんやロキさんのような星の子が、もっと増えれば)
自分に力がないのが
「……
ルディの顔から表情が消えた。
「君が本当に気に入ったよ、アステラ」
ルディはそこで言葉を切り、
「合格だ」
「え?」
ルディはおもむろに立ち上がった。そして広い部屋を横切り、
「今朝方、からす便で届いたんだ」
「からす便?」
アステラは顔を
「夜の
そう、
「彼からの手紙だ。びっくりだろう?」
「まさか」
「私を誰だと思っているのかね。これでも
ルディは言いながらも、なぜだか
「だが、
ルディは手紙を開き、読み上げる。
「今年の入試に、
「夜の鯨が……?」
予想外の展開に、アステラは理解が追いつかない。
「見返りに
(ロキさんのことだ)
夜の鯨はアステラに会う条件として、学院に行って
「ルディさんは……夜の鯨が誰なのか、知ってるんですか?」
ルディは口の
「知ってたとして、教えてほしい?」
アステラは少し考えて、かぶりを
「……自分で見つけ出したい、です」
「よい答えだ」
思えば、一次試験の後ずっと、ルディは何重にもアステラを
ルディはアステラの
「ケートス家は
「生き残り?」
「夜の鯨、なんて名前、
それはアステラだって思っていたことだ。夜の鯨、くじら区、ケートス家。見る人が見れば、身元を
「星なしに手を差し
それはあまりに
「もちろん
アステラは額に手を当てた。考えすぎて頭が熱くなっている。考える時間が欲しかった。
「ちょ、ちょっと、待ってください」
「まだだよ、アステラ。もう一つ手がかりをあげよう」
ルディはたたみかけるように、追い
「メンカル教授はね、実は私の恩師なんだよ。在学中、私は彼の
(あ)
ここまでの
(だからルディさんはケートス家のことに
でも、だとしたら……? アステラはさっきの話を思い出す。天都でささやかれている、ケートス家の生き残りの存在。
(仮に、夜の鯨がメンカル・ケートスだとすれば)
「どう、
(娘の最初の
筋は、通る。問題は、
(……つまり私は、反逆者メンカル・ケートスの
それはかなり危険な考えだった。いくらルディがメンカルの元教え子だったとしても、
「ちょっと……頭の整理を……」
そう言いながら、アステラは
「アステラ、それは?」
そこでルディが声を上げた。彼女のペンダントに目を留めたのだ。
「え?」
アステラはそこで初めて、自分がロキの
「これは、その、知り合いに
アステラが答えると、ルディは目を細め、黄色い星輝石を見やる。
「知り合いって?」
「えっと……、
どう説明してよいか分からず、アステラはひとまずそう答えた。
「ふうん」
アステラは石に触れながら、ロキのことを思い出す。
(ロキさんは知ってるのかな。くじら区のこと。ケートス家の当主が、生き延びているかもしれないこと。くじら座、鯨、夜の鯨……)
「ちょっと……散歩に行ってきます」
「今から?」
「頭冷やさなきゃ……
アステラはふらふらと、
「危なっかしいな、私もついて行こうか?」
「いや、ルディさんと一緒にいる方が危ない気がします。色々と」
「アステラさ、ちょっとの間に私への
ルディは不満そうに
「せめてそれを着てお行き。外は寒いから。あまり遠くに行かないでね」
「ありがとうございます、ルディさん」
アステラは振り返って礼を言うと、コートを羽織って部屋を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます