Ⅲ・一次試験_1
Ⅲ・一次試験
いっかくじゅう区、別名天都。冬の宮の中枢であるこの区は、天の川の真上にある。というのも、天の川は冬の宮では地下を流れており、その上に盛り土をして、いびつな三角形の人工都市が建てられているのだ。
天都はまさに、雲の上の城。ただでさえ高台にあるのに、さらに真っ白な高い
(『まあ適当に
ロキの最後の言葉を思い出しながら、アステラは
青い
(それにしても
土と
目に映る何もかもに
(しっかりしなきゃ。観光じゃないのよ)
(まず試験を受けなきゃいけないのは不安だけど……まあ、受かる必要はないんだし)
試験は三日にわたって行われるが、警備と不正防止のため、その間は門のエレベータが停止し、外部との
逆に三日目になれば受験生は全員強制的に天都を追い出される。門で受験票を照合されるから、隠れて残るのは不可能だ。なんとかそれまでに
そうこうしているうちに、アステラは天都の
学院。
試験会場は本部棟の大講堂だ。アステラは持たされた受験票を受付係の女性に
「アステラ・バーリ?」
「は、はい。こいぬ区から来ました」
アステラは
「親星は?」
「え?」
「親星の名は?」
「あ、えっと、その……」
(そっか、星の子だから当然親星がある……どうしよう、考えてなかった!)
アステラはなんとか不自然でない星を考えようとするが、
「分からないならいいわ」
案外あっさり流されて
「あなたの目を見れば、固有名のあるような明るい星の子じゃないってことくらい分かるわ」
「はあ」
「どうやら初めての受験みたいね」
受付の女性はアステラの暗い色の瞳をちらりと見やり、
「目立って明るい星なら星輝石だけで判断できる場合もあるけど、あなたみたいな暗い星の子は、たいてい親星の名を知らないものよ。星の子の親星を判定できるのは、学院の
「天象儀……、あ、最終試験の!」
アステラは
「そう。そこで親星が分かるはずよ。入学後、学院ではその星の名で呼ばれることになる」
「へえ……」
受付の女性は受験票を返し、
「行って。試験会場は大講堂よ」
入学試験・一次。
大講堂には、数百人の受験生が集まっていた。白い石造りの講堂。木製の机が半円形に
「受験番号順に着席してください!」
試験官が
(星の子ってみんな自信満々で、
と、
(何?)
アステラは教壇の方を見下ろす。前の入り口から、十人くらいの若い
「一等星の面々だわ。お美しい……」
(一等星?)
アステラはすぐ
夜空に星は多くあれ、一等星と呼ばれる、特に明るく見える星は、全天でわずか二十一しかない。その星の子ともなれば、実力は折り紙付きだろう。その
「一等星の守護を受けるだなんて……、なんて高貴な方々なの」
アステラの周りでも、
「
前にロキが言っていた。天帝は、名こそ王のようだが、立場としてはあくまで星導士協会長。
(あの人たちの中から、次の天帝が)
つまり目の前の彼らは学院の次代を率いていく
「あっ!」
よく目立つ
「シリウスさまよ。相変わらずお美しい……」
「直視するな、
「どうして俺はシリウスさまが卒業する前に入学できなかったんだ?」
「二回も
受験生たちの話題は銀髪の青年のことでもちきりだ。
(……ん?)
アステラはそこで何かに気づく。
「シリウスって……、え、シリウス!?」
冬の大三角の
(つまり、全天最強の星導士……!?)
「やだ、あなたいったいどんな
「いや、はは……」
ご存じどころか、殺されかけた。アステラは無理やり笑うしかない。
「シリウスさまはベテルギウス
「そ、そうなんですか」
現天帝の次男で次期天帝筆頭候補……!? いまさら正体を知って
「ああ、行ってしまわれるのね。シリウスさまも試験
「お
「それもそうね」
シリウスがいなくなると、講堂は残念がる声でいっそうざわついた。
「
試験官が声を張り上げる。改めてぴりりとする受験生たちに、木の標本箱が配られた。
「一次試験は
標本箱の天板はガラスになっており、中は
「標本箱に十種類の星輝石が入っていますね。これから配る試験用紙に、星の名の書かれた表があります。標本箱の中の星輝石と、その親星の名を
アステラは標本箱を
(
夜空の星を見上げると、それぞれ色が違うことに気づく。燃える温度が違うからだ。高温であるほど青っぽく、温度が低ければ赤っぽく見える。
星輝石は親星の色を正確に写し取る。とはいえ色だけで見分けるのは困難だ。よほど
硬度を調べるためのガラスや
「では、はじめ!」
アステラは考えるより先に、乳白色の丸い星輝石を手に取った。
(スピカだ)
思わず心で
(
迷いはない。なにせパン屋の仕事は五
アステラは解答用紙に答えを書き込むと、すぐに次の石を取り出す。
(このオレンジ色のごつごつした石もパン屋で見た。パブにもよくある。パンとビール……麦に関係する星……ってことは麦星? 正式な名は、うしかい座の《
周りの受験生が一つも答えを出せないでいる中、見ただけでするすると答えを引き出していくアステラ。試験官たちも目を留め始めたが、彼女はそんなことにも気づかず、
(この石は、
アステラはその調子で同定を続け、なんと開始数分で、十個の星の名を当ててしまった。
もちろん、一位通過だった。
(やっちゃった……)
試験は目立たない程度に適当に乗り切る。本題は
ようやく人ごみから
(ロキさんがいてくれたら……)
アステラは胸の黄色いペンダントに手を
(
これはアステラが受けた
(それに、こんな姿ロキさんに見られたら、きっとまた
『目立たずに
(……会いたい)
その
アステラがしゅんと
「
「え?」
そこに立っていたのは、細身で背の高い
「才能あるよ、君」
相手はきゅっと目をすがめて笑った。黒い
「いったいどこで習ったんだい?」
「あの、別にどこかで習ったわけでは……」
ありとあらゆる仕事をしてきたので、星輝石をいろんなところで見ているというだけのことだ。その分ありとあらゆる仕事をクビになったのだが……なんて、言えるわけもなく。
「まあ、その、経験則というか……だから才能とかはあの、ないです」
「
「え?」
「例年、一次試験は星輝石の同定だ。十個の石の中に、必ず一つ、ひっかけが入ってる」
「うみへび座のアルファルドと、おひつじ座のハマル。
「ええ、確か……」
「他の石
何を言いたいのか、アステラが
「この二つの星はね、色温度がほぼ同じで、明るさにもそれほど大きな差がない。だから星輝石は色も結晶構造も条痕も
アステラはそこで顔を上げた。気づいたね、と、満足そうな笑みが返ってくる。
「比重の測定には専用の器具が必要だからね。実を言うと、あの試験会場では絶対に確実な答えを出せない問題なんだ」
こちらを試すような視線に、アステラはまごつく。
「そ、そんなの……、じゃあ、どうやって判別すれば」
「おや、でも、君はやってのけたじゃないか」
アステラは目を見開いた。確かに、試験会場ではほとんど無意識に答えを出したけれど……、自分はあのとき、何を考えていたんだっけ?
「だって」
明確な
「この石、暖色なのに
アステラの声は
(なんだか
赤くなるアステラを前に、星導士はゆったりと
「そういうの、
「え?」
「人と同様、星には性格や個性がある。友人の話に耳を
星の性格や個性……感覚的には、分かる気がする。星導士になるためにはそういう力が必要なのだろうか。星の声を、聞く力が。
「君の直感は正しいよ。その目を大切にしたまえ」
どうやら
(……というかこの人、どうして試験の内容まで知ってるんだろ?)
アステラが
「君の名は?」
「あ、アステラです……」
「アステラ。私はアルデバランだ。ルディでいいよ」
「アッ!?」
その名を聞いたとたん、アステラは目を丸くして、馬鹿みたいな声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってください。アルデバラン? おうし座の……い、一等星……?」
アルデバランといえば、冬の空の王者オリオンに
と、いうことは。
「あなたも一等星の子……? 次期
「ああ、一応ね」
めまいがしそうだ。天都では
「試験会場で見てたんだよ。見込みのありそうな子は、ぜひうちの研究室に
ルディは
「君、なんだか
「ちょ、近い……」
アステラはルディの胸に手をついて遠ざけた。色気がだだ
「今夜の宿に困ってるんじゃない? 都合するよ?」
「え、なんで私がまだ宿探ししてないって知ってるんですか?」
「へえ、まだ宿探ししてないんだ」
「うっ、
平然とかまをかけたルディは、案の定ひっかかったアステラに笑いかける。
「アステラ、君って本当に
ルディはアステラが合格するものと決めてかかっているらしい。アステラはなんと答えてよいやら分からないけれど、確かに宿はないのだった。
(考えてみたら、一等星の子とお近づきになれるのは好都合なんじゃ?)
どうも目の前の星導士はすけこまし
アステラは
「あ、あの……、お
「もちろんだよ!」
赤い瞳の星導士は
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