Ⅱ・夜の鯨の依頼_2
翌日、ロキは早朝に家を出たきり、
そして朝。
アステラが居間に向かうと、家主はもう起きていた。赤いソファに腰かけ、
(何よりもまず、謝らないと)
心配をかけたこと、
アステラはロキの向かいのソファに腰を下ろした。
「おはよう、ございます」
ロキは
「ロキさん、あの」
「
ロキは短く言った。
「夜の鯨から」
「えっ!?」
アステラは思わず身を乗り出した。ロキが夜の鯨本人から依頼を受けるのは、アステラがここに来た日以来のはずだ。
ロキはローテーブルの上に一通の手紙を差し出す。
「からす便で届いた」
アステラは恐る恐るその手紙を持ち上げ、食い入るように読んだ。夜の鯨本人の言葉。手が震えて、味気ない活字を拾っていくのに、いつもの倍は時間がかかった。
「夜の鯨は、最近調子に乗ってる中央星府に相当腹を立ててる」
ロキが短くまとめる。アステラは
「星導士たちはいったん引き上げたようだが、一昨日の時点で
ロキはアステラよりは冷静に、
「そこで、依頼だ」
手紙を指さされ、アステラは
「星導士協会本部に
アステラは少し考えてから、顔を上げた。
「……受けるんですか?」
「殺人と害虫
黄色い
「で、提案なんだが」
そこで
「アステラ、お前やれ」
「えっ?」
アステラは何を言われたのか
「この依頼、お前が受けろ。成功したら夜の鯨に会わせてやる」
「夜の鯨に!? でも、え? 会えるんですか?」
「依頼は断らない主義だって言ったろ?」
「え……」
──夜の鯨に会わせてください。
一昨日アステラが放った言葉。あれを、彼はアステラからの依頼として受け取ったのだ。
「ロキさん、もしかして、夜の鯨に伝えてくれたんですか?」
「
アステラの心臓はかつてなく高鳴っていた。これは喜び? 不安? 何にせよ、アステラが心から求めていたものが、手の届くところに今、ぶら下げられている。
「ただし、俺は手助けしないぞ。独り立ちしたいと言った以上は、自分の力で依頼を果たせ」
「自分の力で……」
これは試験なのだろうか? アステラは夜の鯨に
今、アステラが
「会いたいって本気で思ってるなら、行動で証明しろ」
「……分かりました」
アステラは決然と、前を向いた。大きな紺色の瞳に
「やります。やらせてください」
ロキは満足そうに、けれど少しだけ寂しそうに、深く頷いた。
「よし、じゃあ作戦を説明する」
全天に星座は八十八。それに合わせて、地上も八十八の星区に分かれている。それらは春の宮、夏の宮、秋の宮、冬の宮と、四つの宮にまとまっていて、中でも今は冬の宮が世界の中心とされている。そこに、全天を
最も強い力を持ち、その力でもって星の原全土を治める星導士・天帝。星導士協会長と中央星府長官を
現天帝は、オリオン座の一等星・ベテルギウスの星の子だ。星の名を
「冬の大三角の中には、実はもう一つ星座がある。アステラ、分かるな?」
「いっかくじゅう座ですね」
冬の大三角に飛び込むように、意外に広いいっかくじゅう座が、天の川を横切っている。明るい星がなく、目立たない星座だが、星の原では
「天都は冬の宮の
「天帝が……」
あまりに
「アステラ、お前には学院に向かってもらう」
正式な
「でも、学院って星の子でも星導士以外は立ち入りが禁止されてるんでしょう? そんなに簡単に潜入できるんですか?」
「今だけはな」
ロキはそこで突然、ぐっと
「アステラ」
「ロ、ロキさん?」
ロキは
「前から思ってたんだが……」
「お前の目、たまに赤く見えるよな?」
「え?」
アステラの高速
「……あ、え、まあ、光の当たり具合によっては。でも実際は
目の前に疑いようもないほどの美しい黄色の瞳があるのに、こんなことを言うなんて
ロキはアステラの顎を?んでいた右手を外し、左手と共にローテーブルについた。
「アステラ、お前は今から、星の子だ」
「……はい?」
ロキはぱっと体を
アステラは混乱しながら、ハトメの留め具に巻き付いた
一番上の紙には、こう書かれていた。
星導士協会新規星導士候補生
(これって、もしかして……)
「学院の入試!?」
「そうだ。受けろ」
「え」
アステラの声が
「受けろって、私が? いや、だって私、星なしですよ?」
「言ったろ、お前は星の子だ。お前の目、ちょっと赤っぽいしゴリ押しすれば行けるだろ」
しどろもどろになるアステラを、ロキは投げやりな調子で言いくるめようとする。
「そんな無茶な!」
「星の子でも、親星が暗くて色がはっきりしない場合は、夜に近い色の瞳になる。ほとんど黒に近い暗い青とか……こげ茶っぽいオレンジとか」
「そ、そうなんですか」
「まあ、そんな暗い星の子はそもそも学院の試験なんて受けないが」
「
「いいか、よく聞け」
ロキは長い足を組み、重ねた
「学院はとにかく警備が厳しい。基本的に外との出入りは
「星導士を、目指す……」
つかの間、アステラは想像した。学院という最高研究機関で、
だが、それとこれとは別だ。だってアステラは星なしなのだから。
「連中に巻き上げられた
アステラを置いてけぼりにしたまま、ロキはどんどん話を進める。
「受験生のふりをして学院に
「えっと、私が、ですか?」
「何度も言わせるな。お前がやるんだ」
ロキは割り切ったように言った。
「もう
「ちょ、ちょっと待ってください、ロキさん」
情報量が多すぎてついていけないアステラのために、ロキはいったん言葉を切った。
「私が、学院に……」
アステラは
雲が割れて、天窓から光が差し込む。
「私……」
アステラは海に出なければならない。この温かい港に背を向けて、
「もう子どもじゃないんだろ?」
ロキの念押しと共に、風向きが変わった。
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